2014.9.8 831 『抽象的で貧困の極致みたいな言語を積み重ねていくんだけども、そこから生々しいものが立ち上がってくる』

09 08, 2014 | 日記2014

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・「新潮」2014.9月号。中沢新一、東浩紀対談「原発事故のあと、哲学は可能か」より。

【(中沢)とても抽象的な語彙を使っても、それがものすごく生々しいものを立ち上げてくるということはあり得ると信じています。

(東)ハイデガーなんかですね。

(中沢)東さんが書く小説にも影響を与えているミシェル・ウェルベック、彼はなかなか曲者でね。フィリップ・ソレルスだって騙しちゃうぐらいだから相当なものなんだけど、あの人は農業学校の出なんですよ。フランス文学を先導したふたりの人間が同じ農業学校(国立パリーグリニョン高等農業学校)から出ている。もう一人はアラン・ロブ=グリエです。この二人の使う言葉は抽象的なんだけど、ものすごく生々しい。ことにアラン・ロブ=グリエの場合はヌーヴォー・ロマンですから、普通の小説みたいな豊穣な言語、比喩なんていうのは出てこない。抽象的で貧困の極致みたいな言語を積み重ねていくんだけども、そこから生々しいものが立ち上がってくる。

 つまり抽象的な概念を使ってもハイデガーのように生々しい世界表現というのは可能なんだと僕は思っていますし、自分の表現の目標点は、それです。僕は小説は書くまいと思っていますが、抽象的な言語を使いながら、最も生々しい世界を立ち顕わすことに賭けています。】

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