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2014.7.3 765 『昨日の夜に部屋に出たゴキブリのことを思い出したりする』

07 03, 2014 | 日記2014

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・妹が震える声で弔辞を読み上げる、耳の聞こえない伯父(喪主)はどんな風に受け取っただろう、棺に釘を打つ時に左手で打つのを知らず、右手で打ってしまって、伯父から「おまえ、それ右手だべや〜」と笑いながらからかわれる、火葬場の待ち番をひとりでしながら、持ってきた本の過去に付箋を貼っていた箇所を読み返す、ばあちゃんの骨を拾い上げながら、昨日の夜に部屋に出たゴキブリのことを思い出したりする。

・葬儀場の部屋の二階で勉強していた弟が、勉強道具の一式を持って、「ゴキブリがでた、、、」と小さな声で笑いながら一階に降りてきたので、耳の聞こえない伯父にそれを紙に書いて伝えたら、「わがた」といってスリッパを持って、ドシドシと二階に上がっていくのを、弟を連れて見にいって、伯父が「このやろ、このやろ」といいながら、ゴキブリを、つぶすわけではなく、「甘叩き」しながらゴキブリをつまんで、窓を開けて外に出すのをみて、弟がまた小さく笑いながら「すげえ」と呟いた様子がおもしろくて、ゲラゲラと笑って、それを妹に伝えたら妹もまた、ゲラゲラと笑った。

・「死」というものの捉え方は、歳を重ねるたびに変わるのか、それとも、考え方の変化によって変わるのか。よくわからないけれど。

・神妙な顔つきで、おいおいと泣きながら、死んだ誰かを見送るような、そんな在り方だけが全てではもちろんなくて、ぼくの家系の人たちのように、ケラケラと笑いながら、見送る人間たちだってきっといて、そういう人たちは決して「場をわきまえていない」のではなくて、誰かが死んだときに「悲しい顔をする」「悲しい顔以外の表情をしてはならない」のが常識だというような考え方の人間たちのほうが、なんというか、ぼくからすると浅いよなと思えて、いやもちろん悲しいのはわかるけれど、それはきっと、何か(例えばありきたりのことしかいわないドラマのようなもの)からの刷り込みのようなもので、別にどうでもいいけれど、自分でこんなことを書くのも変かもしれないけれど、ぼくの周りにいる親戚たちは、本当に愛すべき人間たちだと、思って、感動に近い思いをもっている、こうして家に帰って書きながらも、その思いは薄れない。

・ばあちゃんの身内だけによる、密葬のような形でばあちゃんを見送ったので、ますます親戚のじじばば(ばあちゃんの兄妹)たちの濃さが際立ってみえる。

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