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2014.6.10 742 『自分がスノーボーダーだと想像してみる』

06 10, 2014 | 日記2014

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・ある人がいう「お客を大事にしろ」。「客を大事にする」というのはどういうことだろう。と考える。考えている。考えてきた。また別の人がいう「ライブは発表会じゃない」。それも考える。考えてきた。「金」はどこから発生するのか? 「客」であり「聴衆」である、とする。音楽というジャンルだけじゃなしに、小説や、スポーツの分野でも。「食う」ことに依って考えれば「いかに客を喜ばせるか」という場所か。

 けれど、本当にそう? 例えば、自分がスノーボーダーだと想像してみる。それで「食う」という場所にいるとする。その時に「客を大事にする」というのはどういう行為をいうのか。を想像してみる。

 自分のベストを尽くそうとする姿勢。自分のパフォーマンスを見ている人たちに媚びるということじゃなしに、ただただ自分をひたすら更新していこうとする姿勢。本当の意味で「客を大事にする」という、その行為は、客が求めることを提示することじゃ無しに、自分が自分を更新していく様を、見せること、その「試行錯誤」や「たたかい」にこそあるんじゃないだろうか?

 現在の自分が確実に実行出来る(ある程度の成功〈「こなす」とでもいえばいいのか、、、〉を計算の出来る)演技を披露して起こる感動より、その人がその場所で、現在の自分自身に抗して自分を乗り越えようともがく「在りよう」のほうにこそ、誰かの心は揺さぶられるのではないだろうか?

 そこで失敗しようが、破綻しようが、出来ることをただ淡々と「綺麗」にこなすことよりも、自分を更新しようともがく、在りようの方が「美しい」のではないだろうか。失敗して、失敗して、破綻して、破綻しつづけて、それでも前に進むことをやめない行為のすえに起こった、ほんの一瞬の、「自分がそれまでの自分が超えていく」瞬間の体験。本当の意味で客を大事にするというのは、その瞬間を共有することじゃないか。

 そして、表現者(ジャンルは何であっても)の歓びというのは、その瞬間にこそあるんじゃないだろうか? (もはやそこには「客」という存在さえ消えているのだろうけれど、、、)

—————————

・このまえの。六日の演奏中に起こったことを、整理するために書く。

・というか、ぼくが見たいのはそういうタイプの表現者の行為や、葛藤や、たたかいであって。何度も何度も書くけれど「発表会」なんかみたくもない。

・なにがいいたのか、自分でもわからない。ただ、自分にとって「客を大事にする」ということは、客を盛り上げるために自分の表現の敷居を下げることではなく、とにかく前に進もうとする、無様といってもいい姿を見せること。さらすこと。その先に一瞬だけ生まれおちる「何か」。客にとっても、すぐに言葉に還元できないような体験を共有すること。そう思う。けれど、こんな風に書いてもなんの説明にもならず、いおうとしていることのほんの少しも書けていない気もする、、、。

—————————

・何を書いているのか。わからん。寝よう。

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