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2014.3.18 627 『第三章 マイナー文学とは何か』

03 18, 2014 | 日記2014

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・ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ「カフカ マイナー文学のために」。を読む。少しずつ。難解というよりは、ぼくレベルには把握出来ない単語があって、その度に調べながら読み進める。それでもわからない。わからないまま読む。三章から感覚的に反応できる箇所が多くなる。付箋の数が「第三章 マイナー文学とは何か」から一気に増える。グラグラする。

・今日の付箋。ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ「カフカ マイナー文学のために」。より。

【穴を掘る犬、巣穴を作るネズミのように書くのだ。そしてそのためには、彼自身の未開発の地点、彼自身の隠語、彼にとっての第三世界、彼にとっての砂漠を見出さなくてはならない。(略)民衆の文学、周辺の文学を規定させうるものは、大きな言語についてであっても、そのマイナーな行使を内側から作り上げる可能性のみである。】「第三章 マイナー文学とは何か」p.32

【カフカは、ただちにもうひとつの態度を取るか、あるいはむしろそれを創り出すだろう。それは、プラハ・ドイツ語をそれがあるままに、その貧しさもろとも選ぶという態度である。冷静に、常に非領域化の方へとさらに一層進む態度である。語彙が涸渇しているので、それを強度において振動させるのである。言語の純粋に強度的な作用を、あらゆる象徴的使用に対して、あるいは意味作用的な使用に対しても、あるいは単に意味スルモノとしての使用に対しても対立させることである。完全で、フォルムになっていない表現、強度のマチエール的表現に到達することである。

 (この二つの可能な態度については、別の状況においてであるがジョイスとベケットについても言うことができるのではないだろうか。(略)ベケットにおいては英語とフランス語とが用いられている。(略)ベケットは、涸渇と冷静、自ら望んだ貧しさによって進行し、非領域化をもはや強度しか残らないところまで押し進める)】同上 p.33


【どのようにして、自分自身の言語の遊牧民・移民・ジプシーになるか。】同上 p34

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・こういう文章に出会うと保坂和志が小説について書いている文章をより感覚的に理解できるようになる気がする。

・「貧しさ」。「強度」。「移民」。

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