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2014.3.16 625 『ねじれをはらんだまま奇妙な終わり方をすることになる』

03 17, 2014 | 日記2014

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・今日の付箋。中沢新一「ミクロコスモス1」。

【神話が伝達しようとしているのは、世界は矛盾にみち、そこを首尾一貫した形式論理をもってしては不可能であるという現実認識だ。それを表現するためには、神話の登場人物は前と後でまったく反対の価値をもった行動をおこなったり、項の価値が反転してしまう弁証法の論理にしたがって、はじめと最後ではすっかり役割が入れ替わってしまったり、ねじれをはらんだまま奇妙な終わり方をすることになる。】「哲学の後戸」p189.190

【内宮の神学はあたりをあまねく照らす光の女神の威光や清浄さや完全さや権威について、陰りのない、矛盾を含まない言葉で語り出していた。光自身が光に照らされた世界について語るのであるから、その神学は「トートロジー」として構成されている。トートロジーで語られた神の世界は、一見すると神話の世界に似ているようであるが、実際には対立物のように異質である。神話というのは(1)世界に欠損がある、あるいは(2)完全であるはずの世界にどうして欠損が生じたのか、という二種類の認識からはじまって、世界の本質を矛盾として描きだす思考法である。ところがあまねく光に満ちた世界には、このような神話的指向が発動できる隙がない。トートロジーが弁証法をはじきだしてしまうのだ。】「哲学の後戸」p196

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