FC2ブログ

小説・磯崎憲一郎『肝心の子供』のこと。

12 15, 2009 | 戯れ言2009 

0

「肝心の子供」に打ちのめされてしまっている。

ここ最近ずっと僕が考えていた「大きな流れ」という言葉が小説のなかにそのまま出てきたことにも驚いたし、こんなタイミングで自分が考えていたことがそっくりそのまま書いてある文章に出会ったことにも驚いた。

おそらく磯崎憲一郎はその「大きな流れ」の「一部」になりたい、と感じているのだろう。

表現というものが「個性の発露」とか思われている時代に、こんなことを書くのは馬鹿げているのかもしれないが、「大きな流れ」の前では「個性」なんてものは簡単に淘汰される。(とはいっても「大きな流れ」の一部になりたいと感じることは既に少数ではあるだろうけれど……)

大体、今の時代、個性というのは、単に「奇抜さ」だとしか捉えられていないのだろうし、その奇抜さというのも大抵が相対的なものでしかない。「他の人がやっていないことをやろう」というのは既に他人を想定してのことなのだから。

(どうでもいいことだが、よく「他の人がやっていないことをやりたい」というような人がいるけれど、他の人をそれほどまでに意識している人に本当の個性があるとは思えない。AとBという選択肢があったとして、他人がAを選んだから、私はBを選ぶ、ではどう考えても、そこに個性なんてものはない。もっと意識すべきことはたくさんあるはずだと思う)

ここに書いてあるように、僕は「個性」という「もの」、「言葉」にあまり興味を持てなくなってしまった。考えなくちゃいけないことは個性とは違うところにあるような気がしている。そしてそれは「大きな流れ」の中にあるのだろうか。

Neil Young の歌詞に「I Have A Friend I've Never Seen(僕にはまだ出会ったことのない友達がいるんだ)」というのがあって、僕はひどく共感した。

今日の文章はほとんどの人が「はあ?」と思うだろう文章だと思うけれど、僕はいつも「未だ出会ったことのない友達」に向けて「何か」を書きたいと思っている。

2009.12.15

« エラ&ルイ&ビア 流るる時間をね……。 »

0 Comments

管理者にだけ表示を許可する
0 Trackbacks


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

RSS
プロフィール

harunobiwonder

Author:harunobiwonder
松沢春伸の日記

カテゴリ
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ