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2016.4.2 1295 『写真で琉球舞踊の感動を伝えることは、おそらく不可能だろう』

04 04, 2016 | 日記2016

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・昨日からの続き岡本太郎「沖縄文化論」より、

【私はいつでも見終わったのちに呆然としてしまうのだ。あの迫力、情感、そして空間性。
 
 たえず鮮やかに空間を切りひらき、なめらかに変転する。たとえ深い沈黙に静止するように見えても、微妙な屈折で流れている。意識にふれるような、ふれないような。妖しく美しい持続。

 驚くべき技術だ。私は写真をとろうとしてそれに気づいた。ここだ、と思ってシャッターを押そうとする。一瞬、対象はまったく異なった次元の美しさに変貌してしまっているのだ。惜しげもなく。動きはデリケートで静かなのだが、瞬間瞬間に逃れて行ってしまう。

 どうも仕様がないので、踊りが終ってから注文して、もう一度あの手を、とやってもらう。すると、どうしても表情が死んでしまうのだ。なにも固くなるからというのではない。この美しい流れの中には、固定したポーズはなかったのだ。私はちょうど日本舞踊やバレエのような、キマル瞬間を捉えようと空しく追っかけていた。そんなポイントがあると思ったのが大間違い。たえず流動するからこそ生きる、これは空間そのものの発現である。だから写真で琉球舞踊の感動を伝えることは、おそらく不可能だろう。】p.129.130

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