2015.12.17 1191 『たとえば彫刻があるとする』

12 21, 2015 | 日記2015

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・言葉。保坂和志「遠い触覚」p.36.37

【たとえば彫刻があるとする。そのとき、見る側としては彫刻のまわりをぐるぐる何回も回りながら見るのもひとつの見方だし、その彫刻をまるでたった一枚の写真に記録するように一つの場所から見るのもひとつの見方であって、その選択は見る側の自由である、という考えはおかしい。彫刻はやっぱり何と言ってもまわりをぐるぐる回りながら見るものだ。もしかりに、その彫刻の意味が最も明確にあらわれているアングルがひとつだけあったとして、ぐるぐる回っていろいろな角度から見たらその明確さがぼやけてしまうというようなことがあったとしたら、「意味が最も明確にあらわれるアングル」の方がおかしい。彫刻を見る——受容するとかそちらに向かって歩んでいくとか——ということは、彫刻のまわりをぐるぐる回りながらいろいろな角度から見るというその時間の中にあるはずだ。】

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