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2015.12.14 1188 『小説が小説として認められるレベルとしてというような意味だが』

12 16, 2015 | 日記2015

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・関東旅の道中での付箋。保坂和志「遠い触覚」より。

【私は文芸誌の「新潮」で『小説をめぐって』という連載を二〇〇四年の一月号からずうっとつづけていて、それは二〇〇三年に長編の『カンバセーションピース』を書いたあとのことで、『小説をめぐって』の連載をつづけているうちに人から、「こんなハードなことを書いていたら自分の小説が書けなくなるんじゃないの?」と言われるようになった。「ハードな」というのは「他人に対して厳しい」とかそういう意味でなく、小説が小説として認められるレベルとしてというような意味だが、それで自分の小説が書けなくなるとは思っていなかったが、しかしそんなことと関係なく「もう小説を書かなくてもいいかな。」とも思っていた。「書かなくてもいいかな。」というか、「書きたい」という気持ちが出てこなかったのだが、去年の夏にデイヴィッド・リンチに出合って一気に書きたいモードに切り替わった。】p.35

・音楽について書けば書くほど、自分の音楽はその言葉通り音楽足り得ているのか? と問う、それでも書く、そこを越えて音楽する。

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