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2015.10.7 1220 『誰かが「地球儀を俯瞰する外交」といったけれど』

10 07, 2015 | 日記2015

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・誰かが「地球儀を俯瞰する外交」といったけれど、「俯瞰する」という言葉が戦略として出て来ること自体おかしい、というか、戦略として使う言葉としても間違っているのではないかと思う。俯瞰するって、そこにいる人を見ず、地に足つけずにやりますよ、と宣言しているようなもので、外交に限らず、この国にいる人間(彼らが国民と呼ぶ人たち)すら俯瞰で見ますよ、ということで、彼が欲しいのは神の視座のようなもので、結局、その地に足つけて生きている人々を上の視点から見ますよ、あなた方の言葉はこの高い位置にいる私には届きませんよ、と公言しているようなもの、そう考えると、あの人の態度がそういうものであることが理解出来る。

・これは別にぼくの政治的な発言ということではなく、言葉を扱うものとして、戦略的にもおかしい、というだけのこと。

・例えば学校の先生が「このクラスを俯瞰的にみます」といったら、違和感を持たないか。おいおい、生徒それぞれ、個人と向き合う、地に足附ける目線は?

—————————

・表現者は、創作するときにはその視点(俯瞰)にいることが出来ない、自分のやっていることを俯瞰することは出来ずに、ただその只中にいるしか出来ない、だから、足踏みするし、反古するし、迷う。俯瞰出来る位置にいるということは、創ることの「外」にいることで、そういう人の創ったものにぼくは興味が持てない。

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