2015.6.8 1101 『なので当然「自分に飽きる」感覚をもっていない人の表現にも飽きる』

06 09, 2015 | 日記2015

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・先日のvorz barライブの時に、福家さんがいらして、東京のライブで二人で演奏した結果自分の中で見えてきたことを話した。それは以前書いた「ドラムをリズムをつくる楽器(歌の支え)としてだけでなく、音色を持つ一つの楽器(歌と対等の)として考えること」で、とっちらかるぼくの話しをそれでも福家さんは理解してくれたようだった。それを上手くここで文章にすることはまだ出来ないけれど、それは演奏で語ればいい。具体的な形は見えないが、微かな裂け目からこぼれる光、のような存在を感じることは出来ている。

・自分に対して「飽きる」という感覚は必要。少なくともぼくにとっては。

・なので当然「自分に飽きる」感覚をもっていない人の表現にも飽きる。

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