2015.4.19 1051 『「文字の技術」すなわち我々が「文法」と訳しているもの』

04 20, 2015 | 日記2015

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・付箋。田中克彦「ことばと国家」より。

【文字を用いて書くことばは、それを使うためにはかならず、そのために特別の訓練をしなければならない。それは、学ばなくとも自然に話せることばとはまったく別物である。ところが、自分がふだん話していることばには文字がない——そんなふうな時代がごく最近までつづいていた。「書きことば」「話しことば」と言い、その二つには同じく「ことば」という共通項があてがわれてはいるけれども、それは近代になってからの新しい発見と言わなければならない。 

 だから、中世ヨーロッパにおいて書かれる唯一のことばであるラテン語は、ギリシャの伝統にしたがって「文字(グラムマ)の技術(ティケー)」と呼ばれたのである。「文字の技術」すなわち我々が「文法」と訳しているものは、その根本において自然ではなく、つくりものである。文法=書きことばは、我々の日常言語の外にあって、それをはるかに超越した別世界を形づくっている。

 つくりものの文字術言語は、誰にとっても母語ではないから、かならず、日常とはきりはなされた特別の勉強を必要とする。そのための莫大な時間を手に入れることのできる人は当時の社会では最上層の人だけであった。その人たちの支配的地位を確実にし、いつまでも安泰な状態を保つには、この文字の技術が、なるべく複雑であればあるほどそれだけ都合がよく、文字そのものの習得に時間がかかればなおいっそう好もしいものになる。

 したがって、文字の術=母語によらない書きことばの術は、知識と情報の階級的独占が必要なところでは、いつでも頑固に保守されてきたのである。】p.54.55

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