2015.3.7 1010 『得体の知れない運動』

03 08, 2015 | 日記2015

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・町の温泉には、ほぼ毎日くるおっさんたちが多数いて、その中には誰に教わったわけでもない(あんなもの誰も教えない)、独自の「何運動」の範疇からもはみ出した、得体の知れない運動(けれど彼らにとってその運動は「こうとしかならない」正しい運動だ)をやっている人がたまにいて、それを日々欠かさずやっているのだろう、そういうおっさん達をみると、毎度感心する。

 前に書いた、第一の目しかもたないというか、自分の中にあるもう一つの目、や、他人の目という視線からも解放されている、というか。端的に、歳をとる、ということはそういうことだといえるのかもしれないが。(大友良英も本の中で書いていたけれど、のど自慢に出てきて、伴奏のリズムも何も関係なく歌う老人がいて、あれが凄い。——というのと一緒で)

 周りからどう見られているかなんてことはどうでもよくて、自分の決めたこと、ルーティンに徹底。変な奴などといわれても、それが何のことかわからない。という場所。

(彼らは、変人を気取って、結局他人の目を意識している奴らのずっと先にいる)。


・酒蔵の蔵開きにいく。ただで日本酒を呑む、良い日。

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