2015.2.9 983 『至るという言葉がそもそも間違いか』

02 09, 2015 | 日記2015

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・昨日の「芸術家は畸人たれ。」という章の横尾忠則の言葉は、第四の自分の目線をいうけれど、畸人たれの畸人は、つまり第一の自分しか持たないような人間ではないのだろうか、ピカソをみても理性的な処理を感じる横尾忠則自身もまたそこ(彼が畸人というときの畸人)に至っていないのを自分で理解していて、そこに至るのは、、、いや、至るという言葉がそもそも間違いか、、、。

・雪。雪。雪。立春を越えてもまだ雪。という書き方はどうやら間違いで、立春というのは「寒さが増さなくなった時期」らしい。寒さが底をついただけであって、当然雪は降る。明日も寒い、ようだ。体調管理などしなくとも、身体が適応していた頃と違って、徐々に身体の声を聴かなければ、それが崩れる歳になっている、気をつけよう。とは、思う。出来るかどうかは、わからないが。

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