2015.12.29 1203 『セリ田の水面に向けられた数人の顔が』

12 31, 2015 | 日記2015

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・セリ田の水面に向けられた数人の顔が、一斉に空を見上げたのは、毎年訪れるあの声、白鳥の声が空から降ってきたからで、声を掛け合いながら南に渡っていくV字の群れを数えると、十二羽だった。

2015.12.28 1202 『ススキの枯れた』

12 31, 2015 | 日記2015

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・ススキの枯れた立ち草の茂みに雀が何十羽もいて、強い風が吹いて立ち草が揺れたり、人の気配を感じると、そこから一斉に飛び立つ、飛び立つといっても数メートル離れて、またすぐにススキに戻る、器用なものだな、そんなのを眺めているのがとてもおもしろい。

2015.12.27 1201 『今年の、セキレイが三羽』

12 31, 2015 | 日記2015

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・今年の、セキレイが三羽、背中が灰色のが一羽、それといつもだいたい一緒にいる太った背の黒いのが一羽、単独で行動する細身の背の黒いのが一羽、細身のセキレイがカブトエビを啄んで去っていった。

2015.12.26 1200 『恥ずかしさと、なんだか誇らしげな感覚が』

12 27, 2015 | 日記2015

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・強い南風にのって、南に向ける顔を、打ち付ける雨、は、夕方になるとみぞれに変わって、

・小学三年生の時に複雑骨折した左手の手首、雨の日に公園でうんていから滑り落ちて、自分の体重で骨折した手首が、今になって痛む、うんていから滑り落ちて、ボキッと鳴る手首の感触を今も覚えていて、その手首が痛む、骨折した次の日に学校を遅れて、ギプスをはめて途中登校した日の恥ずかしさと、なんだか誇らしげな感覚が、

2015.12.25 1199 『言葉をもって表現せざるを得ないものの課題』

12 27, 2015 | 日記2015

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・凄い表現というのは、垣根を越えて、何かを感じさせる、歌は歌を越えて、誰かの何かを揺らす、揺らされた者は、その揺らされた何かを頼りにまた別の何かをやる、

・言葉の芸は言葉でやるが、言葉を越えていく、歌は言葉だけにあらず、いかに言葉を越えていくか、が、言葉をもって表現せざるを得ないものの課題、

2015.12.24 1198 『立川志の輔の落語を、「を」のあとの言葉を』

12 27, 2015 | 日記2015

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・立川志の輔の落語を、「を」のあとの言葉を何と書いたらいいのかわからない、観る、聴く、とも違う——

・彼がやっていることが落語なのか、というか、彼が落語をしようとしているのか、とか、その根本を揺らす何かだった。学べば出来るものではい、という何か、だ、「お笑い」というものが今やアカデミックなものになって、かれがやろうとしているのは、それ以前のものであり、

2015.12.23 1197 『手慰みの中に扉』

12 26, 2015 | 日記2015

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・探すのではなく 手慰みの中に扉をみる あらここに来たのね その場所でまた身体を馴染ませる とまた別の、

・長い時間を振り返って、自分はひとつのことしかやってこなかった、と思えるような、完成を夢見ず、追い求めることだけをしているような老い方に、

2015.12.22 1196 『青菜に花』

12 26, 2015 | 日記2015

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・取り残された青菜に花が咲く 枝に残った柿の実は熟して崩れる セリの泥を落とす水の音の跳ねる

2015.12.21 1195 『ただそれだけで、』

12 26, 2015 | 日記2015

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・自分が生きていること、は生きのびているのだ、と実感する瞬間がふいにある、街に歩いている人を見ると、この人が、この人としてこの年まで、こうして歩いていられること、それだけで凄いことだと感じることがある、ぼくがこうしてここにいる、それだけで何かなのであって、人生に奇跡があろうがなかろうが、ぼくはこうしてここにあなたといる、ただそれだけで、

2015.12.20 1194 『Bar Tarji忘年会ライブにて歌う』

12 21, 2015 | 日記2015

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・Bar Tarji忘年会ライブにて歌う。今年の歌い納め。

・「納め」といっても、日々歌うのだから「納め」でも何でもなく、人前でということだが、「聴く人がいるから歌う」わけではないのだ、ぼくは。

・毎年、何年も忘年会ライブに出ていると、一年でこの日だけ顔を合わせて演奏を聴く人も何組もいるわけで、そういう環境にいると、自分がどういうタイプの表現者なのかよくわかる、ぼくは前に歩きたい、遠くへ歩きたい、その場で奏でられた演奏だけでなく、自分の成長や変化をみてもらう、その過程すらも表現なのだから。

2015.12.19 1193 『一杯のつもりが泥酔』

12 21, 2015 | 日記2015

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・一杯のつもりが泥酔。

・なかなかいい言葉だ。Bar Tarjiという店にはその魔力があるからこわいのだ。

2015.12.18 1192 『市役所で滞納していた税金を』

12 21, 2015 | 日記2015

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・市役所で滞納していた税金を払ったあと、車を何階に停めたか忘れてしまったので、四階だろうと見当をつけてエレベーターで上ったけれど、そこに車はなく、五階だったかと思い直して階段で上ったがそこにも車はなく、ああそうだ六階だったと階段を一段飛ばしで駆け上がったがそこにも車はなく、消えてしまったのかと不安になったのだけれど、三階に車はいた。

2015.12.17 1191 『たとえば彫刻があるとする』

12 21, 2015 | 日記2015

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・言葉。保坂和志「遠い触覚」p.36.37

【たとえば彫刻があるとする。そのとき、見る側としては彫刻のまわりをぐるぐる何回も回りながら見るのもひとつの見方だし、その彫刻をまるでたった一枚の写真に記録するように一つの場所から見るのもひとつの見方であって、その選択は見る側の自由である、という考えはおかしい。彫刻はやっぱり何と言ってもまわりをぐるぐる回りながら見るものだ。もしかりに、その彫刻の意味が最も明確にあらわれているアングルがひとつだけあったとして、ぐるぐる回っていろいろな角度から見たらその明確さがぼやけてしまうというようなことがあったとしたら、「意味が最も明確にあらわれるアングル」の方がおかしい。彫刻を見る——受容するとかそちらに向かって歩んでいくとか——ということは、彫刻のまわりをぐるぐる回りながらいろいろな角度から見るというその時間の中にあるはずだ。】

2015.12.16 1190 『誰かに「出会う」ということ』

12 17, 2015 | 日記2015

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・誰かに「出会う」ということ、自分の身体に何かを刻む、身体を引っ掻くような「出会い」、それは自分をその出会い「以前」「以降」に分けるほど強烈な爪を持っている、その出会いがなくとも、「わたし」は「わたし」として生きていけるのだろうけれど、その出会いを経たならば、「今ここにいるわたし」は、その誰かに出会った後の「わたし」なのであって、「あたながいなければ、今の『わたし』はいない」という言葉は、誇張でも何でも無く、「今ここにいる『わたし』は、あなたとの出会いを得ての『わたし』」ということ、誰かに「出会う」こと、それはそれほどに凄い、し、それほどの爪を持って、こちらを引っ掻く、そんな稀少な出会いの尊さ。

・数は少なくともいい、いい、というか、少なくしか、ない、多さなど求めない、何年かに一度、でもいい、「待つ」ということの重要さ、ここ数日そんなことばかり思う。

2015.12.15 1189 『誰かが言葉を紡ぎ、その言葉を誰かが受け取り、そして誰かに繋いでいく、その尊さ。私はひとつの橋』

12 16, 2015 | 日記2015

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・小旅の疲れが出たので、ゆったり過ごそう、とする、それでも一度ギターに触れるとこの二日間で刻まれた何かがギターの音と歌になって溢れてきた、たった二日という時の間にも自分の表現を変えてしまう何かがあるのだ、自分の成長を感じられること、それは表現する人間にとってこれ以上ない歓びだ。

・映画「華氏451」を見る、古い映画だったが、そこに込められた「本」への思いに、揺さぶられた、誰かが言葉を紡ぎ、その言葉を誰かが受け取り、そして誰かに繋いでいく、その尊さ。私はひとつの橋。

2015.12.14 1188 『小説が小説として認められるレベルとしてというような意味だが』

12 16, 2015 | 日記2015

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・関東旅の道中での付箋。保坂和志「遠い触覚」より。

【私は文芸誌の「新潮」で『小説をめぐって』という連載を二〇〇四年の一月号からずうっとつづけていて、それは二〇〇三年に長編の『カンバセーションピース』を書いたあとのことで、『小説をめぐって』の連載をつづけているうちに人から、「こんなハードなことを書いていたら自分の小説が書けなくなるんじゃないの?」と言われるようになった。「ハードな」というのは「他人に対して厳しい」とかそういう意味でなく、小説が小説として認められるレベルとしてというような意味だが、それで自分の小説が書けなくなるとは思っていなかったが、しかしそんなことと関係なく「もう小説を書かなくてもいいかな。」とも思っていた。「書かなくてもいいかな。」というか、「書きたい」という気持ちが出てこなかったのだが、去年の夏にデイヴィッド・リンチに出合って一気に書きたいモードに切り替わった。】p.35

・音楽について書けば書くほど、自分の音楽はその言葉通り音楽足り得ているのか? と問う、それでも書く、そこを越えて音楽する。

2015.12.13 1187 『吉祥寺バオバブにて』

12 15, 2015 | 日記2015

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・吉祥寺バオバブにてライブ。蠣崎未来さん、ドラムに福家さんと。

・何かがあの場所で生まれた。その場にいた人はその何かを感じてくれただろうか。未来さんの歌も、福家さんのドラムも素晴らしかった。

・ぼくはここからもっと前に進める気がする。

2015.12.12 1186 『高円寺トラゲットにて』

12 15, 2015 | 日記2015

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・高円寺トラゲットにてライブ。蠣崎未来さん、ヤンフレンジーさん、ルリイロさん、寺田バンドさん、と。

・アントニオ佐々木さんが聴きに来てくれて、ライブ後一緒に演奏した、初対面、あのヒリヒリした感じ、いい夜。

2015.12.11 1185 『表現に直接的に関わっている』

12 11, 2015 | 日記2015

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・昨日の記事の、田中忠三郎の母の言葉をただ活字の言葉として読むと心が動くということはないのだけれど、それでもこのような言葉に意味としてではなく反応するのは、彼(彼の母)が青森の人であるということではないか、最近思うのは、どのような地に生まれて、その地に暮らし、その地の中で生まれる言葉は、本当にそれぞれ違う(地によって生まれる言葉が違う、とでも言えばいいのか、、、)、表現は身体なのだから、身体がどの地に根ざしているか、は表現に直接的に関わっている。

2015.12.10 1184 『太陽の陽はほぼ一度も』

12 11, 2015 | 日記2015

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・太陽の陽はほぼ一度も射さなかった、体感温度は気温より、陽が射すかどうかによる、寒い一日。田中忠三郎の太陽についてのエッセイを読んで太陽のありがたさを改めて思う。

【春から秋のうつろいに美しく輝く太陽にも、晩秋の頼りなげな日の光にも、雨上がりに雲の隙間から姿をのぞかせる太陽にも、私はいつも手を合わせていた。私は、神仏が悲しみや辛さから人間を救ってくれるとは思っていない。だから神仏を拝むことはなかったが、太陽は涙を乾かし、力を与えてくれると信じていた、そこには母の影響があるのかもしれない。

 「神も仏もあるものか」と嘆きたくなったとき、いつも太陽が自分を励まし勇気づけてくれた……。母は私にこんなふうに話してきかせてくれた。「サブロウ、一生懸命働くと、太陽がついて回るもんだ。働くに追いつく貧乏はねえ。人様に迷惑をかけないように、一生懸命働けよ。そうすればいるか必ず太陽がおまえを照らしてくれるときがくる。きっと良いことがあるよ」私が家を出る決心をしたときも、母はそう言って私を送り出してくれた。】p.140,141 田中忠三郎「物には心がある」より。

2015.12.9 1183 『弾き語り、というスタイルは自分一人なのだから、本来』

12 09, 2015 | 日記2015

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・まとめて長く書きたいことがあるのだけれど、それは一日の日記のうちに書けることではなくて、なかなか難しい。

・弾き語り、というスタイルは自分一人なのだから、本来どのようにやってもいいもので、けれど、実際そのステージに立つと驚くほど自由に出来ない、ほとんどの人がそうだ、けれど、それを自覚して自分の「たが」を外すことが出来ている人の演奏を聴くと、やはり凄いな、と思う、その境地に、リズムをキープする必要もないし、その場の身体に委ねて自由にやればいいのだ、誰かと一緒に演奏することで自分の「たが」が外れることもあるのだけれど、本来一人の弾き語りというスタイルが一番自由にやれるはず、が、なかなかその場所に誰も至れない、そこに至った人は変態と言われるかもしれないが、そういうものこそを受けたい、し、自分も在りたい、それを人にどう呼ばれようが、それは関係ない、自分と音楽と世界の対峙、妥協しない。

今週末は東京中央線ライブです。蠣崎未来さんと。

12 09, 2015 | Liveのお知らせ

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◯12/12 高円寺トラゲット
open 18:00/start 19:00
carge ¥2000+1d
出演:ヤン・フレンジー/寺田Band/ルリイロ/蠣崎未来/松沢春伸

◯12/13 吉祥寺BAOBAB
出演 蠣崎未来/松沢春伸

open 18:00/start19:30
投げ銭制

2015.12.8 1182 『飲みが進んだ次の日は大抵』

12 08, 2015 | 日記2015

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・飲みが進んだ次の日は大抵軽いパニックに陥る、のはわかっていて、仙台行きのバスの時間が近づいてくると、それが一層激しく襲ってきて、バスをキャンセルして新幹線で帰ろう、などと思いはじめて、本気で直前までそう思っていたけれど、田村さんが送ってくれたからなんとかバスに乗って、十二時間どうにかこうにか気持ちを落ち着けて帰ってきた、誰にも伝わらないたたかい。よく頑張った。

・今日は台所で高田渡「渡」を聴きながら書いている、こないだつくった、つくったというか、突発的にできた「迎え酒」という曲を今回ドキドキしながら二日間どちらも演奏してみた、どう受け入れられる? などどうでもよく、こういう今まではやらなかった曲を人前で演奏する、ということ自体が一つの変革で、たたかいで、勇気のいることだけれど、そういうことをさらけだす、ことが今後の自分の課題なのだろう、と思う。

2015.12.7 1181 『韓国のキングコング』

12 08, 2015 | 日記2015

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・昨夜の屋台での打ち上げの時に、ぼくの歌につられて入ってきたのは韓国のレゲエの結構有名な作曲家だか、コンポーザーだかで、やたら気に入られて、なんか今度一緒に曲つくろうとか、crazy voiceとかawesomeとかずっといわれてて、結局最後の店まで一緒に呑んだのだけれど、なんだったのだろう。あいつ東京行きの飛行機乗れたんかしら。韓国のキングコング。同い年。

・夜行バスで仙台へ。

2015.12.6 1180 『末広湯』

12 08, 2015 | 日記2015

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・大阪に来たら毎日入りにいく銭湯「末広湯」、洗い場で右隣の入れ墨のスキンヘッドの男はカミソリでずっと頭を剃り続けていて、ぼくが一通り洗いおわってもまだ頭を剃り続けている(剃る、というより削るという力加減だ)、左隣にはスポーツ刈りに眼鏡の太った若い男が身体を洗うわけでもなく、固定シャワーのチョロチョロ流れるお湯を身体をはんなり傾けてずっと右肩に当て続けている、ぼくが湯船に浸かり、風呂場から出る時に、スキンヘッドの男は今度はヒゲを剃り始めていて、太った男は今度は左肩にお湯を当てている。

・夜は大きな輪十周年ライブイベントにてライブ。シュトウケンイチさん、清水明日香さん、リーベン&カオマンガイズさんと。

2015.12.5 1179 『何かが始まった日』

12 08, 2015 | 日記2015

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・大阪味園ビル「大きな輪」さんにてライブ。蠣崎未来さんと。

・何かが始まった日。

2015.12.4 1178 『大阪行きの夜行バス』

12 08, 2015 | 日記2015

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・仙台駅について、知り合いの店でビールを呑んで、コンビニで酒を買い足してから、大阪行きの夜行バスに、ほぼバスの中央の座席に座って、四方からは、缶酒を開ける小気味好い音、私も一音奏でる。

2015.12.3 1177 『橋』

12 04, 2015 | 日記2015

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・橋
 わたしが渡るというより 
 わたしが橋である
 出来ることなら
 美しくなくとも
 頑丈でありたい

2015.12.2 1176 『昨日より上流の場所にいって歌う』

12 04, 2015 | 日記2015

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・昨日より上流の場所にいって歌う、こちらの方が景色もうるさくない、目から入る情報に囚われると歌に入れないから、横を見ると、暗がりの中にヘッドライトをつけた人が犬の散歩をしていて、と書くと、それが人で犬でライトとわかるが、突然それが視界に入った時にはそんなことはわからないから、ギターを放り投げるくらい驚いた、先日ふと口ずさんだ歌に少しずつ輪郭を与えていくと、曲らしきものになった、日本語の短い歌、輪郭はぼやけるくらいがちょうどいい、余白を残して、これからその曲自身がどう動くのか、を感じる。

2015.12.1 1175 『いつも行く河原の駐車場が』

12 02, 2015 | 日記2015

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・いつも行く河原の駐車場が十一月いっぱいで閉められるので、車が入れなくなって、ここからの季節は歌う場所に困る。いつもより上流にいって歌うが、いつもの場所と違うので、なかなか集中できない、のと、二日酔いの後遺症でまだ歌に入り込めない。気が滅入る。いつも楽しみにしていた、シラサギとアオサギの場所取り合戦もみれない。

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松沢春伸の日記

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