『大阪に歌いにいきます』

11 28, 2015 | Liveのお知らせ

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・大阪に歌いにいきます。今回は二日間。

12/5(土)大きな輪(味園ビル二階)


出演 松沢春伸 蠣崎未来

OPEN/START 20:00/21:00
charge ¥2000(1D別)
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12/6(日) @100Lounge(千日前味園ビル2F)
[ KIZUNA JAM vol'2 ]

OPEN/18:00
START/19:00
ADM/¥3000
DOOR/¥3500
(1Drink別途)
LIVE ACT
◇LEE-BEN & khao man kai's
◇松沢春伸(from 山形)
◇シュトウケンイチ
◇清水明日香

2015.11.26 1170 『私は、持っているもので贅沢に暮らすことができます』

11 28, 2015 | 日記2015

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・間違って買って、そのまましまっていた本をめくって。本当は絵本の方を読みたかったのだ。絵本も買ったけれど。

【貧乏とは、欲が多すぎて満足できない人のことです。私は、持っているもので贅沢に暮らすことができます。】ホセ・ムヒカ

・活字になった言葉は、それだけの方が説得力のある時も、あれば、別の時もあって、彼の言葉は、やはり彼の声と、身体の動きを映像と共に受けとるほうが、身体に入る。

2015.11.25 1169 『遠い手応え・遠い響きを』

11 27, 2015 | 日記2015

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・言葉。

【小説にかぎらずすべての芸術作品・表現行為は、おもしろさを言葉によって誰にでもわかるように説明できるそこには、その作品を作品たらしめている何かはない。それは作る過程で生まれる遠い手応え・遠い響きをかすかな導きとして、おぼつかない足取りで進むことでしかない。】保坂和志

2015.11.24 1168 『「美味しい」は、味覚だけのことではなく、そこにかけられた「時間」も食べる、からです』

11 24, 2015 | 日記2015

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・漬け物は好きです、「相変わらず漬け物すぎだね〜」と今日、お客さんに言われて、春の終りに手入れにいったお客さんのところに雪囲いに行って、旦那さんにそう言われた、漬け物は好きです、が、漬け物が好きになったのは、その家々で漬けられたものを頂けるようになってからのことです、スーパーで売っているものとは違って、それぞれの家の味があるので、それが好きです、美味しい漬け物に出逢う度に、それを漬けたお母さんに、「これってどうやって漬けてるの?」と質問するのですが、それはもちろん一回漬けただけで習得できるものではなくて、その季節の漬け物を、何年も試行錯誤した結果、今年の漬け物はこういう味になりました、ということで、ぼくがすぐそれを出来るものではなくて、そこには「年」が関わっていて、それを実感出来るようなものが、美味しい、「美味しい」は、味覚だけのことではなく、そこにかけられた「時間」も食べる、からです。

2015.11.23 1167 『茫々とのびた木々の手入れをしながら思う』

11 24, 2015 | 日記2015

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・周りは自分をどう評価していようが、なんと呼ぼうが、自分自身を詩人などと呼べるほど、自分は詩人であるのか、と迷いながら、歩く人の言葉、というかそういう類いの人をぼくはやっぱり信頼する、詩人「ぽい」人が溢れる中で、自分がどう呼ばれるか、などどうでもよく、ひたすら言葉を紡ぐ人、ぼくものろのろしながら、その歩みの遅さに自分にあきれながら、一人の松沢春伸という、うたうたいに「なって」いければと、勤労感謝の日に、茫々とのびた木々の手入れをしながら思う。

2015.11.22 1166 『煙を吐きながら笑った』

11 23, 2015 | 日記2015

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・「今日は雨降ったがらって、農家さん収穫すねっけのよ」と、昨日いわれたので、今日もう一度産直のお店にいって、青菜を買った。隣で青菜を選びながら台車に山盛りに積んでいたじいちゃんばあちゃんに「どだなば選ぶどいいの?」ときいて教えてもらいながら。会計を終えて一束の青菜をもって店の外に出ると、じいちゃんが車の隣で煙草を吸いながらこちらの選んだ青菜一束を見て、煙を吐きながら笑った。

2015.11.21 1265 『「負けたから優勝したって気がしない」と苦笑いしながら言った』

11 23, 2015 | 日記2015

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・スコッチ、バランタイン三十年、をグラスに注いでもらって、そっと呑む、うまい、気がする、少し加水してまた呑んでみる、うまい、気がする、この気がするくらいがきっとちょうどいい、適当な言葉をつらつらと並べるよりも、黙ってうんうん頷きながら、ウイスキーを空きっ腹に流しながら、相撲をみる、日馬富士は稀勢の里に負けたけれど、二敗で並んだ白鵬も千秋楽結びの一番で鶴竜に負けたので、日馬富士が優勝した、日馬富士は髪をなおしてもらいながら「負けたから優勝したって気がしない」と苦笑いしながら言った。

2015.11.20 1264 『欲までがのろのろしているのである』

11 23, 2015 | 日記2015

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・言葉。山之口貘「沖縄随筆集」より。

【いまは、詩みたいなのを書いているので一応、ぼくは詩人みたいになっているが、果たして、ぼくの詩が、詩になっているかどうか、あるいは果たして、ぼくは詩人なのかどうか、自信を持つには、まだまだ若すぎるとおもわないではいられないのである。

 若すぎるとはいっても、年だけは、もはや五十なのだ。しかしながら、ぼくの欲からいえば、原子爆弾や水素爆弾のような、こんなおもしろくもない奴からの邪魔をうけない限りは、なるべく長生きしたいのであって、出来ることなら、百五十歳くらいまでは生きていたいと常々おもっているのである。むろんそれは、ぼくの生き方、生活の仕方にテンポがなく、なにを考えても、なにをするにも、のろのろなので、特に、詩作の上では、自分ながらあきれるほど、のろのろが、顕著なのである。だから、せめて、長生きして、詩らしいものをものしてみたいと、欲までがのろのろしているのである。】p.52「山原船(やんばるせん)」より。

2015.11.19 1263 『眠れない夜に諸星大二郎を読むとますます眠れなくなる』

11 19, 2015 | 日記2015

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・眠れない夜に諸星大二郎を読むとますます眠れなくなる、けれど読みたくなるから眠れない、寝るけど。

・彼の漫画は起きながらにして夢を見ているよう。

・青菜漬けをつくるために容器を買ってくる、少しずつ、食べるものをなるべく自分でつくる、ことにシフトしていく。食べるものは「買うもの」という考えからのシフト。

2015.11.18 1262 『歌詞というのがメッセージや、詩的なものだなんて思わなくともいい』

11 19, 2015 | 日記2015

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・日本語でどうのように曲をつくればいいのかわからない、というのはこれまで何年も続いてきたことで、今でもそれはよくわからないが、最近ギターを弾きながらの鼻歌で適当に出る言葉が日本語のこともある、これが変化の兆しなのかは、知らない。

・曲のつくりかたとして、いろんな方法があることを、それでいいと思えるようになって、時間をかけてつくる曲もあれば、言葉の用法とかつじつまとかはどうでもよく鮮度だけが重要というような突発的にできる曲もあって、それぞれがそれぞれに影響を与える、ようやく少しずつ日本語でも書けるようになってきた、それはきっと、メモ書きにすらならないようなことが歌詞になる、ということをわかったからだと思う、つまり、ここでこうして書いていることがそのまま歌詞になったとしてもいい、ということで、歌詞というのがメッセージや、詩的なものだなんて思わなくともいい、という場所で言葉を紡ぐこと。

・勢いの殴り書き、読み返さない。

2015.11.17 1261 『言いたいことがあるから書くのではなくて、こんな風に書きながらフラフラ考えていたいのだ』

11 18, 2015 | 日記2015

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・言葉の強さ、を考える。意味ではなく、音をやりたいと願って、今まで母語ではない言葉で書いてきたのだけれど、最近ポツポツと台所で突発的に出来る曲などは全て日本語で書いていて、それらは全て短いのだけれど、うんうん、と頷ける。

 ——この間、ラジオで高橋源一郎が言葉と音について「文章として書かれた言葉だけを読んだらその内容はつまらないものになるかもしれないけれど、それが歌詞になることによって別のものになる」というようなことを言っていて、それはそうだと思う。——

 ぼくは何を言いたいのだろうか、、、言葉の強さ、歌詞としての強度、というものがある、ということ。それはメッセージ性が強い、とか、だれかの心を動かす言葉、とかそういうことじゃない、

 二日酔いだった昨日、ギターを弾きながらポロポロと呟いた言葉で曲をつくった。こんなふうにメモ書きにもならないような言葉、それらの呟きが呟きで、そのまま空気に溶けて消えてしまうようなものゆえにもつ強度。

 何を言いたいのだろう、言いたいのではない、言いたいことがあるから書くのではなくて、こんな風に書きながらフラフラ考えていたいのだ。こうして書きながら頭の中に流れてくる音楽は高田渡の「火吹き竹」だ。ぼくは彼の歌、そしてその歌詞を書いた山之口貘、のことを何かしら考えているのかもしれない。

2015.11.16 1260 『二日酔い』

11 18, 2015 | 日記2015

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・二日酔いでフラフラと、階段を下りながら、はて昨日の夜は何を歌ったんだろう? 思いも出せずに。

・並べて脱ぎ捨てられたくしゃくしゃの、靴下とレジ袋、買った覚えのない生ハムで、今日もこうして酒を呑むのです。

2015.11.15 1259 『Tarji Night vo.2』

11 18, 2015 | 日記2015

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・山形市Bar Tarjiにてライブ。「Tarji Night vo.2」。京都から山田兎さん、少太さんと。

・久々に音そのものになれたライブだった。この感覚。を。どの曲をやったのかすら覚えていない。この身体は音そのものになって流れて刻まれて。

2015.11.14 1258 『あなた自身のからだで…世界を確かめていきなさい。』

11 16, 2015 | 日記2015

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・五十嵐大介「魔女」から。言葉だけを。

『アリシアはなぜ、「大いなる魔女」って呼ばれるの?』

『「大いなる魔女」はね、大きな大きな「力や」、ずっと昔から未来へとつながる「流れ」の呼び名なの。わたしはその一部にすぎない。

 森はそこにはえている木のことではなくて、そこにある全ての命、光や時間がかたちづくるものでしょう。そこにいる事に気づいたときから、誰だってその森の一部になる。それと同じ。わたしは…ただ、それに気づいただけ。あなたにもきっとみえるはずよ。わたしたちは皆……彼女たちの眷属なのだから。

 あなた自身のからだで…世界を確かめていきなさい。』

2015.11.13 1257 『魔女』

11 14, 2015 | 日記2015

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・急に仕事を休んだので、家で一日過ごすことにした、日中この部屋にどのように太陽の光があたって、どの部分が陰になり、それがどのように移っていくのか、などということを、窓の前に先日買ったテーブルを置いてコーヒーを飲んだり、ショウガを干したり、カブの漬け物を漬けたりしながら、観察した、夕方からはいつものように河原にいってギターを弾く、相撲の中継をラジオで小さく聞きながら。

・要約すると、今日は、五十嵐大介「魔女」にあてられた日、ということになった。

2015.11.12 1256 『ヤツデの小さな白い花に』

11 14, 2015 | 日記2015

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・ヤツデの小さな白い花に、名前の違う蜂たちがやってきて飛びまわる季節。

・牡丹の葉は落ち、紅い花芽と枝だけになる季節。

2015.11.11 1255 『わたしはその一つの通過点』

11 11, 2015 | 日記2015

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・音楽に救われた、という体験が自分の土台になっている、先人たちの奏でた音に出逢って(数は多くないとしても)その音楽に救われて、こうして自分も音を奏でている、今現在、音源として聴く事の出来る音を奏でた人たちの、もっと前には彼らに影響を与えた先人たちがいて、その前には——と繰り返せばずっと遡れるのだろう、しかし、これは過去にだけ向う矢印ではなく、これから先の未来へ向けられているともいえる、わたしはその一つの通過点、これから来る名も知らない誰かに、この音が、大きな流れの一つとなって繋がるような、愛をもって。

2015.11.10 1254 『身体が覚えている』

11 11, 2015 | 日記2015

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・先日のライブの夜に、身体に起こったことを思い出している、一瞬の身体の思いつきが生んだ、Amのコードの響きと余韻が、何故かその場所のわたしを捉えて、結局、そのワンコードの響きと、リズムの余韻、だけでやってみたらどうなるのだろう、などと、演奏しつつ思い立ったのだろう(自分の身体に起こったことも、自分が全て制御できているわけではないのだから、「だろう」という言い方はきっと変ではない)、ワンコードで曲をやりきろうと、久しぶりにこの感覚、ああ、こういう体験が出来ることがライブなのだ、と。

・この試み(身体の思いつき)が成功したかどうか、などということはどうでもよく、一度もやったことのないことを、自分自身がどうなるのかわからずドキドキしながら、少し先の演奏を見えないままに繰り出していく、そういう経験、とそれをやりきった、という感覚の残像は、これから先の土台になる、それを身体が覚えているのだから。

2015.11.9 1253 『フラフラとホームの階段を昇る』

11 10, 2015 | 日記2015

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・ライブ後、朝まで呑んで、朝一番の電車で山形へ、電車に乗る前に貰った五百缶のビールを片手に、北山形に降りると、高校生の大きな流れに鉢合わせて、酔いどれ三人ビールとギターを抱えて、フラフラとホームの階段を昇る。

2015.11.8 1252 『居酒bar夢人にてライブ』

11 10, 2015 | 日記2015

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・仙台、居酒bar夢人にてライブ。伊藤ユウヤ、少太さんと。

・今までは場所がどこであれ、基本的にライブというのは、知らない場所、知らない人、を前にして何かを刻もう、という、アウェイなものであった、けれど、アウェイの場所が徐々にホームになっていく、その中で自分に何が出来るか、というのは、課題、馴れ合いにはならないよう。

今宵ですがライブです。

11 08, 2015 | Liveのお知らせ

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布団の中から投稿。
今宵ですが。
雨の音が聴こえる。

2015/11/8(日) 居酒bar 夢人 -yumenchu-

少太 / 松沢春伸 / 伊藤雄哉
open 18:00
start 19:00
adm ¥1,000

居酒bar 夢人

2015.11.7 1251 『特別擁護老人ホームの』

11 08, 2015 | 日記2015

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・特別擁護老人ホームの雪囲い、ひとり亡くなった方が施設から葬儀場へ向う車にのせられ出発するのを、職員たちがお辞儀をしながら見送る、ぼくらもそれにならった、空の綺麗な晴れた朝だった。

2015.11.6 1250 『一面の苔は、紅く覆われて』

11 07, 2015 | 日記2015

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・日々葉を散らすモミジ、一面の苔は、紅く覆われている、その葉に隠れて、実生のモミジがそっと生えていて、いくつかを移植ベラで苔ごともらって、河原に寄ってギターを弾いて、家に戻ってから、その小さな実生のモミジを小さな鉢に植えてみる、根付いてくれれば嬉しい。

2015.11.5 1249 『そこに流れる時間を自分の時間とリンクさせて考えることが』

11 07, 2015 | 日記2015

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・霧の朝、が数日続く、セイタカアワダチソウもその背を垂れて。紅葉が「綺麗」とか「美しい」とか「眼を奪われる」とか、そういう感情というか、それは生来のものなのだろうか、わからない、そうだとしたら、小さい頃もそう感じていて、その感情を今のわたしが忘れているだけ、ということになるけれど。移っていくもの、そこに流れる時間を自分の時間とリンクさせて考えることができるようになる、とか、そんなことが、そういった感情の始まりなのか。

2015.11.4 1248 『山頭火みたいで』

11 07, 2015 | 日記2015

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・【文化の日に、酔っぱらって、台所の床に散らばした爪楊枝を、こそこそ拾う、こんなに寂しい光景はない。】と書いたら、陶芸家の方に、「山頭火みたいで、私も共感します」と思ってもみない言葉をもらったので、笑った。

2015.11.3 1247 『「干し柿」づくりをする』

11 03, 2015 | 日記2015

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・昨日の夜は少太さんの誕生日だったので、プレゼントにムヒカ大統領のスピーチの絵本を持ってタージに呑みにいく、結局朝四時過ぎまで呑んでしまって、二日酔いの中、もらった柿の皮を剥き「干し柿」づくりをする、去年は八十個ほどだったけれど、今年は百六十個くらいになった、カビの生えずに、上手くいく事を願う。

2015.11.2 1246 『今年一番の低最高気温』

11 03, 2015 | 日記2015

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・今年一番の低最高気温、しかも雨の降る、中で雪囲いの作業、薄いカッパには雨が染みて、袖口から入る水が内に着る服まで濡らす、手の感覚の薄れる寒い一日、仕事後に温泉に寄って身体を温めてから、車の中でギターを弾き曲をつくる。

2015.11.1 1245 『高橋源一郎の講演会にいく』

11 03, 2015 | 日記2015

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・高橋源一郎の講演会にいく、椅子に座りもせず、「多動症なので」とずっと左右に歩きながら話す、同様に話しの内容も、テーマに沿って進むのではなく、幾度も脱線し、どれが話の本筋なのか本人すらわからなくなる、これは彼の手段ではなく、彼の身体なのだ、そしてこの身体の動きは彼の文章にも現れるはずで、現れなければおかしい、間違った方法だ、講演の終了後の「作家の使命とはなんでしょうか?」と日本出身ではない女性がたどたどしく質問した、それに高橋源一郎は「先人の言葉に影響を受けて、過去から伝わった言葉をアレンジして後ろに伝えること、自分の言葉はオリジナルではない、そのリレー、そのバトンを落とさないこと」というようなことを言った、彼は講演会というより、始めから質問形式にした方が、彼の言葉が聴きにきた人に伝わるのではないか、などとぼくは思った。

2015.10.31 1244 『完成を夢見ず』

11 03, 2015 | 日記2015

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・曲作りばかりしている、河原で、たくさんつくっている、例えば十二月にまた大阪にいくけれど、前回のライブからこれまで自分の中に流れた時間、そこで起こった変化、それを提示することが歌うたいの一つの仕事だと思っている、そうでなければ、客が飽きる前に自分が自分に飽きる、前に歩いている、そのプロセスを、聴きにきてくれる人と共有する、というライブを提示できる演者であること、——今は、とにかくつくる、いくら反古にしてもいい、つくることは、生む苦痛を含めての歓び、手慰みでも、何でも、とにかく、プロセスの只中に身を置き続ける、こと、完成を夢見ず。

2015.10.30 1243 『棄てることも歓びと感じながら』

11 01, 2015 | 日記2015

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・雨の予報で仕事が休みになって、午前中はずっと河原で曲作りをする、それから蕎麦を食べにいって、カフェでコーヒーを飲みながら、つくった曲を紙に書き起す作業をして、それからまた河原に行って夕方まで曲をつくる、久々に集中して曲作りをしている日々、最近はトムウェイツの「オーファンズ」ばかり聴いているから、そこからの影響はあるかもしれない、夜台所で呑みながら十分くらいでつくった曲を何故か気に入っている、他の数曲はずっとつくり続けているが、たまにこういうふと出来る曲もある、そういう曲は「つくろう」という意識がないところで生まれるから、「異」なものになっておもしろい、今はとにかくつくるのだ、棄てに棄てて、それでもつくる、棄てることも歓びと感じながら。

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