2015.5.30 1092 『市民の健康のために』

05 31, 2015 | 日記2015

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・痒い。左手を掻く。少し経つと小さく腫れて、蚊だ。今年初めて蚊に刺される。

・今年初めて蚊に刺され、今年初めて真夏日になる。初めてのはず。顔に塩をふく暑さの一日。すぐにでも汗を流したくて、職場近くの市民浴場に何年かぶりにいって、相変わらずのお湯の熱さに笑う。

 「この温泉のお湯は市民の健康のために43度に設定されています」て。常連のじいさん、ばあさんにいわせると、それでもぬるいらしい。便器を洗うようなブラシでじいさんが、頭をゴシゴシとシャンプーしているのが鏡越しに見えてまた笑った。

2015.5.29 1091 『どういうライブを自分がしたいか、を考え続けて、ようやく』

05 29, 2015 | 日記2015

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・どういうライブを自分がしたいか、を考え続けて、ようやく少しずつそれが体現できるようになってきている、少しずつ。過去には、迷う時ももちろんあって、お金を頂戴しているのだから、その場にいる人たちを盛り上げることも必要か? などと思うこともあった、けれど、盛り上がるのはこちらの働きかけではなく、こちらの演奏の結果で、それでいい、と思えるようになった。こちら演奏する側は演奏することに真剣に向き合う、こと。

・テンプレート的に、これをやれば客が盛り上がる、などという意図で、毎回聴く人が違う場所でそれをやったら、聴きにきてくれる人たちを軽くみることになる、だから、結果はどうであれ、演奏する側は、その場所その場所で、自分の中に何が生まれるか、この場所で何が出来るか、を迷いながらも、必死に手を動かし、声を出し、唄を紡ぐしかない、それこそが、自分にとって、お金を払ってみにきてくれる人への返答だ。

・だからこそ、聴きにきてくれる人たちに媚びずに、真剣に自分の出す音に耳を傾けながら、音を紡ぐ、それしかない。その態度をなんだかんだいわれたとしても、ぼくはそうする。それが一番真摯な客との向き合い方だと思っているから。だ。

・もし、そういうライブを嫌う人がいたら、それはそれで仕方の無いことで、そういう人は、どういう場所であっても自分を盛り上げてくれる人たちのライブを聴きにいけばいいし、ぼくの音楽とは合いませんでしたね、というだけの話。

2015.5.28 1090 『旅のお供に選んだ本は石田千「唄めぐり」だった』

05 29, 2015 | 日記2015

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・関西ライブの疲れはまだ抜けきれていない。旅のお供に選んだ本は石田千「唄めぐり」だった。古今東西の民謡、その歌い手を訪ねる紀行エッセイ。結局、最初の章しか読むことが出来なかったけれど、いい本だなあ、と思った。石田千という作家を読むのは初めてだけれど、いい本を教えてもらった。

【湧き水は、力水という御用水で、佐竹南家の殿さまが、からだに力がつく水であると愛され、その名で呼ばれるようになった。すくって飲むと、やわらかくて甘い。ペットボトルをさげたおじさんが、おいしいでしょうと、うれしそうな顔をする。この水は雨が地下にしみて、五十年かかって湧いてくること。そして震災で岩盤が落ち、すこし水量が減ったんだよ。心配そうに教えてくれる。

(略)あちこちで、ぷくぷく、ちろりちろり、てんてん。しずくの音がきこえる。しゃがんで、震えた苔がこぼしたしずくをすくう。今日の雪は、五十年さきの力水になる。そう思って地にこぼせば、さよならだけが人生とはいいきれない。】p,10 蔵人の時計 秋田[秋田米とぎ唄]より。

2015.5.27 1089 『光景の側』

05 29, 2015 | 日記2015

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・夕日が田の水に反射して揺れる光景、などをみて、起こる感情。人間の働きかけへの返答でも何でも無く、そこにそれがあること、そしてその一方的に投げられる光景を、受けるしかない人間。こちらからの投げかけは届かない。ただ受けとるしかない。

・表現者はその場所にいけないものか、受けとる人間にあの感情を起こさせる、光景の側——、どう書けばいいか、わからない、以前も書いたディランのこと、彼はその光景の側にいる表現者だと思う。

2015.5.26 1088 『照ノ富士』

05 27, 2015 | 日記2015

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・関西空港七時十五分発の飛行機で仙台に向う。もう二度とこんな早い時間の飛行機はのらん、と思う。管理が大変。仙台空港に着いて、電車で仙台駅へ。仙台駅で牛タンを食べて、山形へ。録画していた相撲を見る。照ノ富士が優勝した、結果は知っていたけれど、結果だけではつまらない。照ノ富士はいい顔をしていた、出てくる言葉も良かった。

・場所の途中で、白鵬と対戦した時のインタビューを聞いて感動したのを思いだした。照ノ富士は横綱に対戦する時に「立ち合い変化をしてもしょうがない、たとえ、それで勝ったとしても先が無くて、ぼくは正面から思い切りぶつかっていくだけです。」というようなことを言っていて、他の力士が金星を得るためにあの手この手を考えるのと全然違う場所で相撲を考えていた、そのことに感動した。

 今この一戦で、勝つことを考えれば、意表をついた立ち合いで金星を、と考える力士であふれている中で、そんなことをしていても意味が無い、と彼はしっかり見据えていて、それは、この一番より先の、今後自分が白鵬と肩を並べる力士になるのだ、という意気込みを感じた。

 他の力士は相手との対戦成績が負け越しになっていてもいいから、その場の番狂わせくらいになればいい、というような考えで、やる。照ノ富士が見据えているのはそんなところじゃないんだ、と思った。

 音楽でもそう、逃げた立ち合いをしていたら、何も始まらない。

2015.5.25 1087 『髪の長いおっさん二人でジャグジー』

05 27, 2015 | 日記2015

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・大阪三日目。飛行機の都合がつかず、帰る日がのびて、一日のんびり過ごす。

・大きな輪店主の田村さんと大阪スパワールドにいく。髪の長いおっさん二人でジャグジーに入ったり、流れるプールを泳いだり、ビールを呑んだり、なんだかすごい絵図。その後、シュトウさんと西成で合流して酒を呑んで、ライブの無い日を満喫。

・まさか大阪でこんなにライブを出来るとは思いもしなかった。こんなに濃ゆい人たちと何日かを過ごせること、受け入れてもらえることが素直に嬉しく思える、「春くん次いつくるん?」「いつでもおいでや」と裏難波界隈の濃ゆい人々と交わす時間。素晴らしい。書ききれない。

2015.5.24 1086 『100loungeにてライブ』

05 26, 2015 | 日記2015

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・大阪味園ビル100loungeにてライブ。リーベンさんトリオ、non(from ajara)さんと。

・特に動じなくなってきた、いい兆候。

・大阪という場所が近くなった。愛のある人がたくさん。

2015.5.23 1085 『大阪ライブ。山田兎さんと。』

05 25, 2015 | 日記2015

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・大阪、ミソノビル大きな輪にてライブ。山田兎さんと。

・溢れ出てくる音を捕まえる日、自分でいうのもなんだけどいいライブだったと思う。

2015.5.22 1084 『思いついたこと。のメモ。』

05 23, 2015 | 日記2015

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・河原でうたっていて、思いついたこと。のメモ。

・曲の固定化を避ける(自分の曲に飽きることをさける)ために、ライブ中に曲のキーを大幅に変えてみる。

これは、単純に歌の高低を変えるのでなくて、メロディー自体をその場で新しくつくる、ことでなければおもしろくない。

同時にリズムも変えてみる。

それらを、事前に決めずに、その場の思いつくままに、設定して、あとは、その場の自分にお任せする。

一つの修行の方法。

2015.5.21 1083 『いちいち落ち込まない』

05 22, 2015 | 日記2015

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・ツバメが舞う。光の中で。コウモリも舞っているだろうか。夜に。

・何の取り決めもなく、形のあるものを提出するというのでなく、何かがこちら側にやってくるのを待つ。というやり方。

 こちらが出来ることといえば、辛抱強く待つことのできる心の状態をつくっておくこと、やってきた時にそれを捉えることのできる技術を身につけること、その何かに身を「委ねきる」「任せきる」ことの出来る姿勢、それから、何もやってこない時に「それはそれでいい」といちいち落ち込まない心の強さ。(ライブでも他のことも)。


・それができれば、何か別の在り方を提示できるようになる、気がする。

2015.5.20 1082 『水面から出る小さな稲の葉先が』

05 21, 2015 | 日記2015

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・水面から出る小さな稲の葉先が強い西風に吹かれて揺れている。まだ薄く張られた田のんぼの水も、強い西日を写して細やかに揺れている。田植え途中の畔に集まるカラスの群れは、餌を見極めているのだろうか。軽トラの全開にした窓から見える景色。あまりの風の強さに作業帽が吹き飛ばされて、舞った砂埃が目に入って痛かった。

2015.5.19 1081 『もし飽きないのだとしたら』

05 20, 2015 | 日記2015

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・自分のつくった曲でさえ原曲という概念がないから、キーも定まりがない、リズムも三拍子になったり、四拍子になったり、する。し、終わり方もどうしていいのかその都度わからない。河原で歌いながら、だから、いつも困る。し、ライブではもっと困る。

・原曲を求める意識もあるし、それを壊そうとするのもあるし、バラバラになる。バラバラにする。

・形の決まったものを、日々同じように提示する自分に、人は飽きないのだろうか、もし飽きないのだとしたら、その方法を教えていただきたい。

2015.5.18 1080 『解きほぐすこと』

05 19, 2015 | 日記2015

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・河原でうたう。凝り固まるものをほぐす、作業。

・練習は、積み上げて、形を鮮明にするためのもの、という観念を捨てて、練習は、解きほぐすこと、でもある、と考えれば、その結果に生まれる演奏はずっと自由になる。

2015.5.17 1079 『なってしまう』

05 18, 2015 | 日記2015

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・個性というのはやっぱり、身体のことで、歌をカバーというより、コピーしようと、演奏した時に、それでも何か元のものとは違うものに「なってしまう」という場所にあるのだと思う。

・ディランの最近、ほとんどの自作曲が誰か元ネタのある、曲、だったりしても、それが、いや、最近というより、ずっと、引用に近いことをやっているけれど、それでも、結局、ディランの身体を通すと、それがディランになってしまう、ということ。

・自分だけにしか、表現しえない何か、を求めて、他人のしていないことを探そう、という行為をオリジナルと呼ぶのではなく、そんなことより、身体を通す、をすること。

・ネパール料理屋さんでライブがあって、見にいく。ジョニ・ミッチェルをジョニのチューニングで歌う、カナダ出身の女性。ニールヤングの曲も演奏していた。とてもよかった。

ライブのお知らせ。

05 17, 2015 | Liveのお知らせ

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来週は大阪。

5/23(土) 大阪 大きな輪 w/ 山田兎
5/24(日) 大阪 100Lounge w/ Non(from Ajara) / LEE-BEN

6/5(金) 仙台 VORZ BAR w/ 佐々木龍大

2015.5.16 1078 『鵜が飛んでいる』

05 17, 2015 | 日記2015

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・鵜が飛んでいる。のを最近、見かけるようになった。単独で、その飛び方は見る人に「頑張れ!」といわせるようなバタバタ感があって、かわいい。鵜なんて数年前まで見たことなかったのに。
 
・意図的にギターを触らずに歌も歌わずにいた。というとかっこいい気もするけれど、そうではなくて、そういう気がおこらない日々が続いた。つまりたださぼっていただけ。関東ライブで生まれた何かを身体に染み込ませるためには少し時間が必要だろうと思った。のでもなく、それは言い訳で、たださぼっていただけ。

 それでこのあいだ久しぶりに河原でギターを弾いて歌うと、あまりの自由さに自分も驚いた。どうしても日々演奏していると、自分の中で曲や演奏が固定化してしまってカチカチになる。それがほったらかしにしたせいで、グニャグニャなものになる(あまりに感覚的じゃないか)。なるというか、戻る。戻るというか、もともと形はない。曲にも演奏にも。流動。

 さて、進みましょう。

2015.5.15 1077 『ポールとディラン』

05 17, 2015 | 日記2015

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・ポール・マッカートニーが先日来日していて、その様子をテレビで見たけれど、どうしてもぼくはディランのことを考えてしまう。ファンがポールに求めるのは過去であり、それをポールもわかっていて、演奏する。そこに齟齬はない。そこでファンが受ける歓びというのは、テレビの中でしか見たことのない憧れ続けたアイドルを生で見ることができる、ようなこと。

 ディランはその場所にいなかった。かれは今も自分自身の先端にいるべく表現をしていて、自分のつくった過去の産物にすがらない。だから現在のディランのライブを体験した人の中には「なぜあの曲を演奏してくれないのだろう」とか、「アレンジが違い過ぎて原曲がわからなかった」などと不満をいう人もいるけれど、それはもともと見当違いで、ディランはそんなことをしない。現役の表現者なのだから。

 だからポールのライブのように大団円で合唱なんてことに決してならないわけだけれど、そんなことの何がいいのかぼくにはわからない。ポールもそのファンも特に否定するつもりもない、ただディランの表現者としての在り方の凄さ、それを認識して、自分がどうやるのかを考える。

2015.5.14 1076 『先日の関東ライブの二日目、原宿でのライブ。の一曲目』

05 15, 2015 | 日記2015

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・紅葉の葉を下から見上げる、その先の空の高く、高く、トンビが三羽、円を書いて悠々飛んでいる。

・先日の関東ライブの二日目、原宿でのライブ。の一曲目。なぜああいう形になったのか自分でもわからない。が、それがいまだに身体に残っている。ドラムと、ブルースハープと、ギター歌。最後の最後まで、リズム、拍をとらなかった。それぞれが、それぞれの音を聴きながら、自分の出す音をその瞬間に探しながら、出した。ドラムという楽器をリズムをつくる楽器としてではなく、音を出す楽器として演奏した。掛け合い。本当の掛け合いでした。あの演奏は、今後の演奏の指標になると、思う。

2015.5.13 1075 『カラスもアオサギもトンビのように』

05 14, 2015 | 日記2015

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・台風一過の影響か、朝から風が強くて、カラスもアオサギもトンビのように羽を止めて空に浮かんでいる。

・言葉。

【ギクシャクしながらも変ったものを描きたいので当然ギクシャクする。ギクシャクの中から「オヤ?」というものが出てくると、それでいいんだ。】横尾忠則

・それでいいんだ。自分とのインタープレイ。ぶつかり。

2015.5.12 1074 『ウィンドウォッシャー液が空になってだいぶ』

05 12, 2015 | 日記2015

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・ウィンドウォッシャー液が空になってだいぶ経つから、作業場で液を補充しようと用意して、助手席の足元に置いて、朝、車を運転する、と雨が降ってきて、結局その雨をつかって、窓についた汚れをワイパーで落としたりすることを、ラッキーと思ったりするぼくは、今日も結局ウィンドウォッシャー液を補充しなかった。

・サクランボの実も、梅の実も、少しずつ、実らしく育ってきている。松の花が満開(というほど目立つものものではないけれど)で、少し枝を揺らすと、花粉が煙のように舞う、季節。

2015.5.11 1073 『人がトンビをトンビと』

05 12, 2015 | 日記2015

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・トンビが風に乗る。松の木の上空で。人がトンビをトンビと認識するのは、羽を止めて風に舞う、あの姿からだろうか——。

・つまらないものを、つまらない、ということの何がいけないのだろう。馴れ合いをするためにここにいるのじゃない。

2015.5.10 1072 『植木市三日目』

05 11, 2015 | 日記2015

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・植木市三日目。また特設の座敷で酒を呑む。

・言葉。

【アスリートが体調が悪くて、好調なプレーをすることがあるけれど、絵の場合は全くダメだ。アスリート以上に肉体と精神が一体化していないとぼくの場合は描けない。】横尾忠則

・ライブはどうだろう。体調の悪い時に限って、自分に覚えのないものが出てくる気はするが、それは、精神、頭が身体を制御しきれないという、ということだろうか。結果としての、それ(知らない何か)ばかりを追うことは危険だが。

2015.5.9 1071 『何かと思ったら、それは花で』

05 10, 2015 | 日記2015

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・植木市二日目。屋台と屋台の隙間から自転車に乗った女の子が転ぶのが見えた。カゴからビニールに入った荷物が転がる。自分の怪我を確認するより、倒れた自転車をおこすよりも、まっ先に、ビニールの中身を確かめる女の子。何かと思ったら、それは花で、そうか、カーネーションか。

・予報より早く降り出した雨に、傘のない人々が屋根のある場所に集まって雨宿り。通り雨だと思った雨は、強弱を繰り返しながら降り続いたので、雨が強くなる度、傘のない人々がどこかしらの屋根の下にワーワーいいながら避難した。焼き鳥屋は変わらず串をくるくると返し続けている。

2015.5.8 1070 『夜道に屋台の灯りが灯る』

05 10, 2015 | 日記2015

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・筍は灰汁抜きせずに皮を剥く。筍と豚肉を油が通るまで鍋で炒めたら、水を入れ灰汁をとりながら煮る。厚揚げを入れ、酒粕と味噌。孟宗汁。筍を使った料理をするようになるとは思いもしなかった。

・植木市。夜道に屋台の灯りが灯る。人とぶつかりながら歩き、この祭りの期間だけ組まれる座敷で酒を呑む。酒はビールと日本酒だけ。賑わう声は絶えず、子供たちは遊び回る。なんだか寅さんの時代にきたように感じた。

2015.5.7 1069 『襤褸は寝ている』

05 10, 2015 | 日記2015

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・言葉。山之口貘詩集より。

「襤褸(ぼろ)は寝ている」

野良犬・野良猫・古下駄どもの
入れかわり立ちかわる
夜の底
まひるの空から舞い降りて
襤褸は寝ている
夜の底
見れば見るほどひろがるようにひらたくなって地球を抱いている
襤褸は寝ている
鼾が光る
うるさい光
眩しい鼾
やがてそこいらじゅうに眼がひらく
小石・紙屑・吸殻たち・神や仏の紳士も起きあがる
襤褸は寝ている夜の底
空にはいっぱい浮世の花
大きな米粒ばかりの白い花

2015.5.6 1068 『!?』

05 06, 2015 | 日記2015

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・なんでもそうだけど、ドキドキさせな。何これ!? と——。と、書きながら、思った。「!?」という記号はおもしろい。驚きながら、同時にそれが何なのかわからない、という。それ。

・「!!」でなく「!?」という、その表現。

・方法を覚えたものほどつまらないものはない。ボクシングにおいての「勝つ方法」。曲をつくる上での「作曲法」。目の前にいる客を盛りあげるためのテンプレート的な「盛り上げ方」。上手な文章の「書き方」。笑いにおける「おち」。

2015.5.5 1067 『棘は立派に棘だった』

05 06, 2015 | 日記2015

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・伯父の家にいく。移動のBGMは高田渡。それからJames Brownに。帰り際に、伯父の家の隣の空き地に生えているワラビを採る。立派なワラビ。帰り道、道路端にタラの木を見つけて芽を採る。雄タラの木で、芽にも棘がある。帰って天ぷらにする。棘は熱を通せば大丈夫だろうとおもったけれど、天ぷらにしても棘は立派に棘だった。

2015.5.4 1066 『ミョウガはまだ値段が高いけれど』

05 04, 2015 | 日記2015

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・昨日の夜はだいぶ酒を呑んでしまって、今日は一日その回復というか、後悔というか、いや後悔も反省もしないけれど、ただその時間の中にいることが大変で、何故自分はこうなることがわかっているのにああも酒を呑んでしまうのだろう、などとも別に思わないが、単に時間の経過がこの二日酔いを連れ去ってくれるのを待つ、というような、日。

・夕方から散歩がてら買い物にいって、「ダシ」をつくり、天然のコシアブラとタラの芽を天ぷらとおひたしにする。ミョウガはまだ値段が高いけれど、どうしても「ダシ」に必要、と思って買う。絹豆腐に「ダシ」をかけて食べる。ビールを呑む。「ダシ」の旨い季節がやってくる。

・久しぶりに聴く雨の音、の中でこうして書く。さっきまでの熱気を雨が冷まして、気持ちのよい少し冷たい空気が部屋に流れてくる。明日も休み。どんな一日になるだろうか。

2015.5.3 1065 『コシアブラをさっと湯がく程度で、いや』

05 04, 2015 | 日記2015

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・ばあちゃんの一周忌。と、じいちゃんの十七回忌。法要。寺の若い和尚の態度にイライラする。毎度のことだ。

・行き(は昨日)、帰りの車でずっと高田渡「石」を聴く。

・山菜の季節。コシアブラをさっと湯がく程度で、いや、ゆがく程度というのは言い過ぎだけれど、火を通し過ぎない加減で、おひたしにして、鰹節をふりかけて醤油をたらす。とても旨い。アイコもいいけど、こちらが好み。

2015.5.2 1064 『転がり方を知ることではない』

05 04, 2015 | 日記2015

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・方法を得ても。身体はその縛りから逸脱しようとする。精神も。どうやらぼくはそういう風に出来ているらしい。

・重要なのは、転がること、で、転がり方を知る、ことではない。

・行為と方法。行為しつづける精神、身体を、方法の縛りに囚われないための、思考。あるいはもともとの性質。

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松沢春伸の日記

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