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2015.1.29 972 『礼儀を知りながらも、媚びない』

01 30, 2015 | 日記2015

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・帰りの飛行機は揺れが酷い。右隣の男は不安からか落ち着きがなく、哲学の教科書を開きながら自分が線を引いた箇所を読み返している。緊張でほとんど読めていないだろうに。仙台空港から仙台駅へ移動する電車の窓から見える、真新しい家々の数々。家も、道路も、スーパーも全て。仙山線で山形へ。

・勉強になることが多かった。旅。もっと強くならねば、と思う。

・好き勝手やる、強さ。大事なのは、「礼儀を知りながらも、媚びない」。という姿勢だと思う。
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2015.1.28 971 『神戸三ノ宮「チェルシーデルンバ」さんにてライブ』

01 30, 2015 | 日記2015

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・関西五日目。神戸に移動。

・神戸三ノ宮「チェルシーデルンバ」さんにてライブ。今西淳さんと。

・今西さんのカバーの解釈、歌、ノートは凄い。彼特有のノート。

・ライブ後リー・テソンさんと少しお話をして、重要なことを再確認。自分の考えていることが他の人の口から発せられることの驚き、と歓び。

2015.1.27 970 『大阪4日目』

01 28, 2015 | 日記2015

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・大阪4日目。

・朝酒を呑むおっさんの脇をカートに乗せられて通園していく幼稚園児。足を引きずりながらタバコを吸いタンをひとつ吐いてパチンコ屋に入っていくおばはん。新世界の日常。

・ミソノビル大きな輪にてライブ。ああ、素晴らしき夜。

2015.1.26 969『大阪3日目。オフの日。雨の降る。』

01 27, 2015 | 日記2015

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・大阪3日目。オフの日。雨の降る。

・どうも体調がよろしくない、ゆっくり休むことにする、夕方には少太にいに聞いていた安宿をとり、通天閣近辺をフラフラ散歩して、眠る。

・もっと前に行く。自分が知らないはずの音を紡げるように。自分の身体がどんな音楽を奏でることができるのかを知りたい。歩くは未知の道。名を知られることなど、どうでもいい。

2015.1.25 968 『ライブの身体』

01 26, 2015 | 日記2015

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・大阪2日目。難波千日前味園ビル100ラウンジさんにてライブ。シュトウケンイチさん、リーベンさんバンド。と。

・初日に朝まで飲んでしまったので、頭がフリーズしたような状態でどうしようと思ったけど、ステージに上がれば、問題は何もなく、逆に普段は現れないものが出てきた、自分の身体はだんだんそういう身体になっているということだ、ライブの身体に。

2015.1.24 967 『身体的な感情』

01 25, 2015 | 未分類

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・大阪へ。

・飛行機のなかで線を引く。古本としてみつけた横尾忠則「見えるものと観えないもの」より。

【自分がいかに自分として自分らしくなっているかを思いながら、自分に恋して燃えて熱情的になって描けたら最高だと思うよ。そうすると作品が持つ力強さが出るじゃない。そういう身体的な感情みたいなものを伝えたい。】p.95

・大阪、東三国Assoさんにてライブ。

2015.1.23 966 『関西行きの準備をする。が、』

01 24, 2015 | 日記2015

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・関西行きの準備をする。が、自分には、何かを準備する能力も、計画性も全く備わっていないことを改めて思い知らせれて愕然とする。

・あらかじめ備わっていないもの、欠落しているもの、はしょうがない。矯正しようとしても無理なことはある。他をがんばろう。と、言い聞かせてみる。

・言葉。

【命を踊ったから、命から教えられたんです。】大野一雄

2015.1.22 965 『「自分にはわからない」と宣言するのが難しい空気』

01 22, 2015 | 日記2015

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・「自分の考え」なんて確立されたものがあるかどうか。ある事件が起こると、それを突きつけられるように思う。

・こんな時に自分の尊敬する人は何を考えているのだろうか、などと考える。なにかが起こった時に「イエスorノー?」。そこで「わたしにはわからないこと」という立場を許さない雰囲気が人をどっちつかずの立場に置くのを許さない。ような。「自分にはわからない」と宣言するのが難しい空気。そういう雰囲気が人を「考えている風」にしてしまう。ことのこわさ。

・「自分の考え」という、自分のものであるはず(と考えられている)のものでさえ、そこにはいろいろな検閲が入ってくる。「自分(自分固有)のもの」なんていえるものを人は持つことができるのだろうか。

・「自分の曲」ということでさえ怪しい、すくなくともぼくは自作の曲を声だかに「これは自分のオリジナルです」ということができない。

ライブのお知らせ。

01 22, 2015 | Liveのお知らせ

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今決まっているライブのお知らせ。

1/24(土) 大阪 東三国 ASSO
1/25(日) 大阪 KIZUNA GROOVE
1/27(火) 大阪 味園ビル 大きな輪
1/28(水) 神戸 Chelsea De Rumba
2/07(土) 仙台 VORZ BAR
2/21(土) 宮城 登米 Gati

2015.1.21 964 『はじめてやるときのように』

01 22, 2015 | 日記2015

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・知ってる曲をやるときにも、はじめてやるときのようにやる。自分の曲にしても。痴呆老人のように、世界をみる。毎度違うものが立ち現れる。

・屈する、とか、屈することはない、とか、それがどういうことか、ぼくの頭ではよくわからない。わかりたいと思うけれど、わからない、と思う。

2015.1.20 963 『孫娘を学校に送るじいさんに、自分がなったように感じる』

01 20, 2015 | 日記2015

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・仕事に向う途中、信号待ちの車の中から、小学生の通学班をみる。十五人ほどの群れの中に、じいさんがひとりいて、たぶん孫だろう女の子の手を握って、信号待ちをしている。信号が青になって、じいさんは手を握る孫だろう女の子に話しかけながら信号を渡る。前日に雪が降って、つるつるすべる横断歩道を、一人だけ背丈の飛び抜けているじいさん、とその手を握りながら、じいさんと話しながら信号を渡る女の子。

・親にも、祖父にもなったことはないけれど、自分の手を握りしめる孫娘を学校に送るじいさんに、自分がなったように感じる。つるつる滑る危なっかしい路を学校に送る不安、小さな手が自分の手を頼っていることの嬉しさ、と、いずれ自分の手を離れて一人で歩いて行く瞬間(自分の手を頼ってしっかり握りしめてくれていた手が、自分の手を離れていく瞬間)が訪れることの、嬉しさと、寂しさを同時に感じる、孫娘の手を握り、話しかけるじいさんの感情が、自分自身のことのように、通りすがりの車の中で襲ってきて、驚いた。

・温泉の窓越しに見える木蘭の蕾は少しずつふくらんでいる。

2015.1.19 962 『考えるといっても体系をつくろうとしていたのではない』

01 19, 2015 | 日記2015

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・もう一丁。「音楽談義」。湯浅学によるあとがきより。

【——読みたいから買うのと読むために買うのとはちがう。二年以上触っていない本は処分しましょう、捨てる勇気を持って身軽な人生を送りましょう。と断シャリおばさんはいうのだろうか。二年どころか三十年以上触っていなかった本をパラパラやって日々仕事をしている俺は身重な意気地なしということになるのだろう。四十年聴いていない盤なんて塔のようにある。

 片づけられないのではなく片づけないだけなのだ。と思っている。それが意気地なしのなによりの証拠だというのでしょう。役に立つ。意味がある。価値がある。それらのものは、得をする、ということに結ばれようとする。得する、益がある、それを尊いと思うなんて狡っ辛いことだ。御利益好きに物を捨てろといわれる筋合いはない。筋といえば、印象だけで○か×かを簡単に判定し公表してしまう人々がこっそりとたくさんいる。そのたくさんが世相なのだと、これまた簡単に判断を下す人々はもっとたくさんいる、らしい。ようだ。おそらく。】p,248,249 あとがき 湯浅学


・少し前に書いたことが、ここに書いてあるように思えて、驚く。本を読みながら、キーボードで文字を写すという作業を通して、おもしろいと思って付箋をしていた文章が、よりおもしろく感じることができた。

—————————

・これで日記を終えようと思ってページをめくったら、また付箋した箇所があって、その言葉に惹かれて、だからもう一カ所引用しようと思う。とても重要な言葉だと思う。同じく湯浅学によるあとがきより。

【考えるといっても体系をつくろうとしていたのではない。】p,250

2015.1.18 961 『なにもしていないようなひと、子どものころからすごい好きだもん』

01 19, 2015 | 日記2015

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・今日も。保坂和志×湯浅学「音楽談義」より。このやりとりでこの本は終わっていて(あとがきを除いて)、そういう編集の仕方も好きだ。もう少し前の部分から引用しないと伝わらないとは思うけれど、めんどくさい。

【(立ち会いのひと)——湯浅さんや保坂さんのような先輩だらけだと楽なんですけどね。

(湯浅)なぜそういった先輩がいないのかとは思うよね。ボケちゃったひとをみていたらおもしろいというか惹かれるのはあるよね。だいた景気がいいとか悪いとかいうからいけないんじゃない。

(保坂)ぼくはどういう先輩がいたおかげでこうなったかといえば、きっとそういうひとをあちこち、行く先々で探して、そういうひとをみつけてくっついていたんだよね。なにもしていないようなひと、子どものころからすごい好きだもん。】p247

2015.1.17 960 『考えるなら、何万年か先を考えたい』

01 18, 2015 | 日記2015

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・言葉。保坂和志×湯浅学「音楽談義」より。

【——いまなにかをやることのほうが大切であってね、十年後、二十年後の自分の保険のためじゃないんだよ。穿ったいい方をすれば、先を考えないでできることが将来の自分を支える、つくり出す、とはいえるかもしれないけど、でもそんな保証もないんだよ。そもそもそれはちがう次元のことでもある。デレク・ベイリーに向かって「それでいくら儲かるんですか?」って訊けないでしょ(笑)?】保坂 p,243

【先を考えたらダメなんだよ。その先まで考えないことが大事なんだ。できることなら路傍の石でいたい気持ちはある。けれど石が置いてあると、なぜここにあるんだろうと思っちゃうじゃない。それがすでに石に負けている。石はそんなこといわないしね。人間はそういうところがものすごく不自由だから。考えるなら、何万年か先を考えたい。】湯浅 p,234,244

2015.1.16 959 『Ten New Songs』

01 16, 2015 | 日記2015

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・久しぶりに古本&中古CD屋に行ってみる、買う。ヴァン・モリソンを二枚。スティービー・ワンダーの初期のベスト。レナード・コーエンを買う。レナード・コーエン「Ten New Songs」を聴いている。

・今日のサッカーを観ていて、直感的に「あ、そのリズムでは防がれる」というようなことを感じる。サッカーのことはよく知らんけど、メッシとか、他の凄い選手はリズムが違う。え、ここで打つの? というところで打つ。

 リズムというか拍か。拍の表、裏があったら、そのどちらでもないタイミングでシュートを打ったりする。どんなに構えていても、身体に刻まれていない、馴染んでいないリズム、タイミングで打たれたら、反応できない。

 サッカーの攻めで「崩す」という言葉がよく使われるけれど、日本の選手は相手陣を崩すのに全員のテクニックとかで崩すのだけれど、本当に凄い選手はたったひとり、自分だけのリズムでそれをやる。

・誰も紡がないリズムを刻むこと。

2015.1.15 958 『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』

01 15, 2015 | 日記2015

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・「ハーブ&ドロシー」と一緒に借りて観ていなかった「インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌」を観る。デイヴ・ヴァン・ロンクをモデルに。

・というわけで、ディランを聴いている。いろいろかけたが今は「タイムアウトオブマインド」。デイヴ・ヴァン・ロンクがないので。

・いつの時代にもジャスティン・ティンバーレイクが演じた種類の人間はいる。ディランが憧れたのはそいつらじゃなく、ルーウィン・デイヴィス。あるいは猫。

2015.1.14 957 『馴れ合いの場所につもりはさらさらない』

01 14, 2015 | 日記2015

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・わたしにとってライブはショータイムではない。曲の展開やリズムや歌自体どう進んでいくのかわからない、という場所でやるから、いちいち曲の説明や、気のきいた話も出来ない。ただただ自分ですらどうなるかわからない流れの中に、自分をすらハッとさせられる時間の中にいたいだけ。

 最初から最後まで計算され尽くしている、ショーのようなものが好きな人はわたしのライブは気にいらないだろう。いちいちへりくだって、媚びて、「ありがとうございました」などというつもりはわたしには毛頭ない。どうなるかわからない、そのことをおもしろいと感じてくれる人にはおもしろいと思えるかもしれない。

 わたしは「ライブ」という場所を、演奏する人間と、聴き手との馴れ合いの場所につもりはさらさらない。そんなことをしていたら、演奏者自身も、聴き手も全く先に進むことができない。何も開かれない。


・皆で盛り上がれて、楽しい時間を共有できて、、、そういうことに興味がない。それは、そういうことがいいと思える人達がやっていればいい。とはいいながら、そういうことだけがいいことだと、その場所にいる人間が心の底から思っているわけではない、ということも同時に感じている。

2015.1.13 956 『小説を読んだから、小説を書くのです』

01 14, 2015 | 日記2015

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・保坂和志×湯川学「音楽談義」をコーヒーを飲みながら読む。おもしろい。

・言葉。小島信夫。

【以前、作家の後藤明生さんが、なぜ小説を書くのかと問われて、「小説を読んだから、小説を書くのです」と答えていました。ぼくも、ある作品から小説的な気分を受けて書くことはあります。世界文学の作家だと、その相手は決まっています。カフカとベケット。―小説の楽しみ】小島信夫

2015.1.12 955 『形骸化された空っぽの記号でしかない』

01 13, 2015 | 日記2015

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・形というか、ジャンルとして成り立っている、ものから逸脱しようとしない人々に魅力を感じない。既存の枠組みの中に安住しているように思う。単純にメッセージ性の強い歌詞を激しい音にのせて音楽をすることが反抗の証ということにはならない。

・なにがいいたいのか、よくわからないけれど、やっぱり、例えば「ロック」というのは、単に音楽のジャンルの名前なのではなくて、人間の在り方であって、ロックというジャンルである音楽をやっているゆえに、その人がロックなのではない。ラジオでよくダイヤモンドユカイがロックロックいっているけれど、ああいう人が実は一番ロックから離れていると感じる。音楽の形態、装飾、服装で語ることの出来るロックなんてのは形骸化された空っぽの記号でしかない。

2015.1.11 954 『ひとりという最小の単位で』

01 13, 2015 | 日記2015

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・「STRIKES」に出演。仙台Darwinにて。

・今年のライブ初め。弾き語りのみ、とドラムとの演奏を混ぜて。ドラムにざ・べっがーずからシュンスケ。

・ライブハウスでのライブはいつぶりだろう。ハードなバンド音楽が多い中で、弾き語りをぶつけてこれたのはおもしろかった。ひとりという最小の単位で何を見せることができるか、を考えなければ、始まらない。

2015.1.10 953 『身体の隅々まで』

01 11, 2015 | 未分類

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・ようやくディアンジェロ体験。感想など書かない。書けない。

・言葉にしようという動きを抑えて、ただ音の中にいる。聴くこと。身体の隅々まで行き渡らせること。

2015.1.9 952 『ディアンジェロの新譜が』

01 09, 2015 | 日記2015

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・ディアンジェロの新譜が発売されていたのを知り、即注文。もう既に届いている。けれど、緊張してCDをかけることが出来ない。という日が続く。十四年ぶりのアルバム。ここまで聴くことをためらう音楽というのもなかなかない。それが同時に歓びでもあるのだけれど、、、。

・誰かの新作を、それは音楽に限らず、小説にしろ何にしろ、体験することをためらわすくらいの強度をもつものが少なくなっている。何故ためらうか。自分の感度を試されているように思うから。簡単なのです、誰かの新しい作品をけなすことなんて。けれど、けなしても何も始まらないのです。それよりも、自分の感覚が(あくまで自分が敬愛する)相手の感覚についていけるかどうか、そのこわさ。どうでもいい奴らのものにこうはならない。敬愛しているからこその、こわさ。

・「以前と変わってしまった」というのは評価でもなんでもない。そんな風に、現在の自分の匙でしか人の作品を語れない人間は、足を止めているだけでしかない。そういう連中は「ディランは六十年代が絶頂期だよね」とか語りあっていればいい。

2015.1.8 951 『その踊るさまを』

01 08, 2015 | 日記2015

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・光に反応する。
 わたしは光が好きだ。

 田に反射する昇ったばかりの朝の光。
 川の流れと共に細かく風に揺れる夕暮れ間近の光。
 打たせ湯に混じってガラス越しに飛び散る昼の光。

 寄る辺ない暗がりの中。
 足を進めるきっかけになる「灯り」。
 そういった導きの灯りとは別の。
 光。
 
 太陽が与えてくれる。
 無邪気に踊る光。
 そういう光をたくさん見たい。
 その踊るさまを。

2015.1.7 950 『この場所でしか感じ得ない歓びを』

01 08, 2015 | 日記2015

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・熱も冷めて。仕事。吹雪と呼ぶには優しいけれど、強い雪が正面から吹き付ける中で、セリを摘む。地味ではあるけれど、肉体を酷使する作業。そういう作業を嫌と感じないおもしろさ。なんでこんな酷な作業をしなければならないのだろう? という疑問が一切浮かばないことの不思議。おそらく、この場所でしか感じ得ない歓びを、肉体労働の厳しさを越えて受け取ることができているからなのだろう、と思う。それはライブでしか得られない感覚がある、ということと似ている。

・もちろん、一緒に働く人達の気の良さ、もあるだろうし。

・田んぼの水にの中で鳴き声に反応し、空を見上げた時に目に入る、白鳥の紀行。それだけでも、充分。と思える。

・20年以上ぶりに、フグを食べる。

2015.1.6 949 『着地点がどこかなど考えない』

01 07, 2015 | 日記2015

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・仙台へ。保坂和志×湯浅学対談「音楽談義」を買う。帰りの電車でパラパラと。

【核心をズバッ!と突くのがいいと考えている人が多いことはよく知っている、しかし私はいまそうすることに魅力を感じない、その私がこうして長い時間しゃべりまだまだいくらでもしゃべれると感じている相手が湯浅さんなのだから湯浅さんも核心をズバッと突くことがすごいことだとは考えていないだろう、二人のしゃべりは核心を通りすぎるのかもしれない、そもそも音楽と音には核心などあるようなものではないのかもしれない、そんな考えから遠く離れたところで、デレク・ベイリーとスティーヴ・レイシーが音を掻き鳴らしたり吹き鳴らしたりするようにいつまでもしゃべる、着地点がどこかなど考えない、そんなことを考えた途端に考えは不自由になる。】p6.7 保坂和志 まえがきより。

2015.1.5 948 『あら、指さん、あなたそんな風に踊れるのね。』

01 06, 2015 | 日記2015

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・時間の過ぎるのもわからずギターをひく。練習というものでもない。ただ指の踊りについてゆく。「あら、指さん、あなたそんな風に踊れるのね。」という具合に。

・今日の言葉。

【ラブレターを足でもって書けたらずいぶんいいだろうと思うんですよ。そんな踊り見たいですね。】大野一雄

2015.1.4 947 『降り積もった夜の雪が』

01 05, 2015 | 日記2015

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・降り積もった夜の雪が、昼の陽気でびしょびしょに溶けた歩道を、赤ん坊を胸の前に抱えて歩いてゆく母親の慎重な足取りと、抱える腕の力強さ。親子の脇を車で横切る。

・熱は下がったけれど、身体のだるさは続く。ギターだけは弾けるようだ。

2015.1.3 946 『昼過ぎにセリ田の水と、雪まじりの風が』

01 04, 2015 | 日記2015

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・昼過ぎにセリ田の水と、雪まじりの風があまりに冷たく感じて、この悪寒と身体のけだるさは発熱の予兆とおもって早退。予想通り、発熱。毎年暮れか、始めに発熱するのが、この身体の恒例行事のようになっている。去年は珍しく大丈夫だったのだけど。よろこんでいた去年がイレギュラーだったわけで、やはり年末年始は気をつける、ことにする。

・時間があるから本でも読もうか、という気にもならないし、テレビをみていても垂れ流しのような状態。考える、もならない。

2015.1.2 945 『金のために?だったら創るより早いやりかたがいくらでもあるだろう』

01 03, 2015 | 日記2015

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・仕事始め。

・言葉。

【誰のために創るんだろう。考えたことあるか。自分のために?そんなの甘っちょろいよ。植木づくりでもやるんならそれでいいんだ。金のために?だったら創るより早いやりかたがいくらでもあるだろう。】 岡本太郎

2015.1.1 944 『2015年の始まりの日』

01 02, 2015 | 日記2015

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・昨日のうちに買って水で戻していた青豆を茹で皮を剥き、同じく水で塩抜きしていた数の子と一緒にだし汁、みりん、醤油と漬ける。戻した豆の量が多かったので、残りをすり鉢ですって、ずんだ餅。生まれて初めておせちらしきものをつくってみる、2015年の始まりの日。

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