2014.12.31 943 『馬鹿どもの執拗な踊り。』

12 31, 2014 | 日記2014

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・2014年も終わろうとしている。2015年の始まり。年号が変わっても、相も変わらず、問うを続ける。ことを続ける。ただただその最中にいる。城に辿り着くことが目的ではない。足を前に繋ぐ。その行為の最中に。


・知って得する知識。多数の利益になるもの。そういう類いの知識の氾濫する時代に。こそ。誰の得にもならないもの、誰の利益にもならないもの、誰の役にもたたないもの。そういうものをこそ知らなければならないのではないか。

 芸術を、音楽を考えること、行為し続けること。そこで生まれたものなど、何の、誰の役にもたたない。何の、誰の役にもたたないことを、考え、行為し続ける。馬鹿どもの執拗な踊り。は、終わらない。わたしはそんな馬鹿でいい。

2014.12.30 942 『小さな跡を残していく』

12 31, 2014 | 日記2014

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・大晦日も仕事の覚悟でいたけれど、結局今日が仕事納めになった。最近は車の中ではずっとニーナシモン「and piano」ばかり聴いている。朝も夕方も。メロディーもリズムも輪郭がはっきりしているわけではないから、一緒に歌おうとすると毎度つまずく。その度にこれがニーナの息づかいだ、と感じる。よく聴くとピアノのミスタッチがあったり、ためらいやつまずきがあったりする、それを含めての演奏。聴き続けていて、飽きることがない。

・熟んだ柿の実の、葉を散らした木にすぐには数えきれないほど成る姿は、白一色の畑の中で際立っている。その実をヒヨドリたちがつつき、電線には雀の群れが停まり、鳴き声を交わす。セキレイが一羽、廃棄されたセリの葉の上で軽いステップを踏みながら舞う。水気の多い雪が隣でセリを引く男のシャツに溶け、小さな跡を残していく。

2014.12.29 941 『鳴き声』

12 30, 2014 | 日記2014

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・鳴き声。見上げるとセリ田の上を二羽の白鳥が北へ向けて飛ぶ。製紙工場の煙突から煙が昇っている。

・上手いとか下手とか、そういうステージから降りる。そんな評価欲しさのためにこの場所にいるのではない。

2014.12.28 940 『本物はためらいながら描くもんだ』

12 28, 2014 | 日記2014

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・そうそう、と思う。

【前にも書いたかな? 「なんでも鑑定団」で日本画を鑑定する人が、「この絵の線にはためらいがあるからニセ物だ」と。本物はためらいながら描くもんだ。ニセ物は本物に見せるために、サッとためらわないで描く。】横尾忠則

・ためらいの集積。やる側の人間にしかわからないことがある。ライブだってそう。

2014.12.27 939 『祈りにも似た』

12 28, 2014 | 日記2014

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・田の泥に足が沈む。
 セリと振る手の産むしぶき音。
 世界と身体の接する点。

・世界と、
 わたしとの擦れる点
 その一部であるわたしの
 あえて意識の向く点
 それらの奏でる音
 祈りにも似た
 

2014.12.26 938 『手で覚えでっから、せづめいさんね』

12 27, 2014 | 日記2014

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・セリ摘み作業をしながら、先輩と、お弁当の時に漬け物をもってきてくれたおばあさんの話をしていて、あの漬け物はどう漬けるのかおばあさんに聞いてみたい、とぼくが言うと、彼が『「手で覚えでっから、せづめいさんね」っていわれだらどうすっべ。』と言って、「手で覚えているから言葉で説明できない」という言葉は素敵だな、と思った。

・何もかもが、マニュアルがあればなんとかなる、という勘違いの氾濫する世の中で、身体が覚えていて、伝達の手段が言葉ではない、という、その、時代と逆行する在り方。が在る、ということ。

2014.12.25 937 『をわたしはもたない」

12 26, 2014 | 日記2014

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・言葉で書かれているから、それらが全て「意味」の伝達を目的としている、と考える人々に対して、語る言葉をわたしはもたない。

・歌にせよ、文章にせよ。

・文章が意味の伝達でなく、踊るような文章。書かれている意味でなく、その踊りのさまに鳥肌のたつような、、、。

2014.12.24 937 『ゆく先を人にきくのがいやさに、むだなまわり路を』

12 25, 2014 | 日記2014

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・めくる言葉。

【あとがき——これは、一人の詩人の六十年の記録だ。この詩人は、捨身で詩の仕事をしてきたつもりでいるが、かんじんの才能というものがめぐまれていなかった。そのために、生涯のあの道、この辻で、方途を失い、ゆく先を人にきくのがいやさに、むだなまわり路をしたりしてひどく苦労をした。その割にうるところが少なかったが、それだけに、おなじように人生の岐路で悩んでいる人達が共感するところもあるかもしれない。】金子光晴「詩人 金子光晴自伝」より。
 

2014.12.23 936 『小さな鼓動を聴き取る』

12 23, 2014 | 日記2014

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・統率すること。
 統率できること。
 自分自身を。
 それはライブという場所に置いては「良い能力」とは呼べない。
 統率を放棄すること。
 流れのなかで生まれてくるものの小さな鼓動を聴き取ること。
 自分の身体から生まれる、それらの奔放な動きを、統率することなく、その流れに身体を委ねること。
 
 
・「ライブ」という場所において。
 の話。
 それが「発表会」でしかないのであれば話は別だが。

 表現者の成長はその先にしかない。
 ビジネスでしかないのであれば話は別だが。

 まとまりの良さ。
 を放棄すること。

2014.12.22 935 『創造は観念ではなく、肉体が発する声であろうか』

12 23, 2014 | 日記2014

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・好きなものをたべられなくなる、というのは思っていたより、大変、ではある。

・反応する言葉。

【「新しいものを創造するのは知性ではない」とユングは言った。直感的な感性は知性からは生まれないとすると、創造は観念ではなく、肉体が発する声であろうか。】横尾忠則

2014.12.21 934 『今年のライブ納め。タージにて。』

12 22, 2014 | 日記2014

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・今年のライブ納め。タージにて。

・自分の確かな成長を感じる。

・うたう。続ける。その軌跡は誰かのものでいい。最中にいるのは自分にしかできない。

2014.12.20 933 『なんどもいう。そこに金の絡む余地は、やはりない。』

12 21, 2014 | 日記2014

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・車の中でギターを弾き、うたう。ようやく見つけた場所で。ああ。ギターを弾いて歌う時間にしか起こらないものがある。この瞬間はほかのことと取り替えがきかない。日々、日々、この瞬間を掴むための時間をもっとつまなければ、と思う。

・ここが出発の地点。なんどもいう。そこに金の絡む余地は、やはりない。自分の身体にとって、その瞬間を掴むこと、それ自体が歓びで。それ以外(表現を誰に向けるかなど)のことは、別に考えなければならないこと。

2014.12.19 932 『どうしようもないので、いつもいくスーパーの第二駐車場の』

12 20, 2014 | 日記2014

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・ギターを弾きに川原に出かけるものの、冬期は立ち入り禁止らしく、これまでいっていた場所が雪に埋もれていて、これで一気にギターを弾く場所が無くなってしまって、困る。どうしようもないので、いつもいくスーパーの第二駐車場の奥まったところに車を停めてギターを弾くことにした。

・今日の身体が反応する言葉。

【フリースタイル。何か表現しようというんじゃなくて、いま、トレーニングしたことは全部忘れてね。ただ立っているだけでもいい。】大野一雄

2014.12.18 931 『セリ田の水に浸かる時間の中にしか起こらない感覚。の捉える光景』

12 18, 2014 | 日記2014

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・降り続く雪の途切れた後の。急な太陽の光。雪で塞がれていた感覚が起きる。二羽のセキレイの戯れる声、羽音。遠くの山並の白。

・セリ田の水に浸かる時間の中にしか起こらない感覚。の捉える光景。

2014.12.17 930 『私は場面ごとにセリフを書いた。どんな結末になるのかたいした手がかりもないままに』

12 18, 2014 | 日記2014

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・十二月半ばでこれほど雪の降るのは久しぶりだろうか、ここ数年ホワイトクリスマスなんて日はなかったように思うけれど、それも結局記憶違いかもしれない、すぐに人は記憶をねつ造する。

・本棚から適当にみつけた言葉。

・【『インランド・エンパイア』の作業は、一般の商業映画とはまるで異なるものだった。(略)また脚本も存在しなかった。私は場面ごとにセリフを書いた。どんな結末になるのかたいした手がかりもないままに。これにはリスクがつきまとったが、私はあらゆることは統一されていて、このアイデアはどうにか、あのアイデアに関係づけられると感じていた。】p,164 デイヴィッド・リンチ「大きな魚をつかまえよう。」

2014.12.16 929 『不規則な寝息をたてて眠るおばあさんの向かいのベッドで』

12 17, 2014 | 日記2014

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・不規則な寝息をたてて眠るおばあさんの向かいのベッドで病院食を食べる。おばあさんに意識はなく眠りつづけている。見舞いにきた娘たちが看護師の「耳は聞こえていますから、たくさん話しかけてくださいね〜」の言葉を受けて言葉をかける。病院食も悪くはない。

・死にゆく人を日常的に見つづけるような職業についている人の「死」という言葉には、どんな意味が与えられるのだろうか。看護師の動きを見、会話を聞いているとそんなことを思う。

2014.12.15 928 『ベッドの上からの日記』

12 16, 2014 | 未分類

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・今年もセリの手伝いが始まった。

・アナフィラキシー。運ばれる。耳から音は遠ざかり、世界が緑色に染まる。とぎれる手前の光景。

・ベッドの上からの日記。

2014.12.14 927 『今年初の真冬日。身体の適応を待つ』

12 14, 2014 | 日記2014

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・今年初の真冬日。身体の適応を待つ。

・付箋。

【ディジェリドゥを吹く技は自然をききとる技でもある。木のうろをふき鳴らしていると耳がひらける時がおとずれるのだ。鳥の声をまねて吹くのではない。ただ吹いているうちに木のうろが鳥のことばをつたえるのだ。だからそれは木でなくてもいい。角笛。動物の皮を張った太鼓。弓のつる。口琴(アイヌのムックリなど)。外から魂がかようための出入口をのこしてある楽器なら。もちろん人間ののどでもいい。もしそれが自分の声でなく他人声の通り道としてつかわれるならば。】高橋悠治「カフカ 夜の時間」p,182

・【もしそれが自分の声でなく他人声の通り道としてつかわれるならば。】——この言葉。

2014.12.13 926 『音楽というものがまだほろびないとすれば、』

12 14, 2014 | 日記2014

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・付箋。高橋悠治「カフカ 夜の時間」。

【音楽というものがまだほろびないとすれば、明日には明日の音楽もあるだろう。だが、それを予見するのはわれわれのしごとではない。いまあるような音楽が明日まで生きのびて明日をよごすことがないとおもえばこそ、音楽の明日にも希望がもてるというものだ。音楽家にとってつらい希望ではあっても。】p.161,162

2014.12.12 925 『テレビをつけたら、女性歌手が二十年近く前に自身が作曲したクリスマスソングを歌っていて』

12 13, 2014 | 日記2014

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・テレビをつけたら、女性歌手が二十年近く前に自身が作曲したクリスマスソングを歌っていて、なんというかそのころのまま歌う努力をしているのを感じてげんなりした。歌手に対する一般的な評価として、年月がたっても当時のままの声質、キー、声量を保っている、ということがいいとされるところがあるけれど、そんなのはどうでもいいことだ。「ああ、年取ってこの歌手も声がでなくなったね〜」なんていう人が多い。気持ちが悪い。なんでいちいち当時に戻って歌わなくちゃいけないのだろうか。

 年月がたったのだから、変わって当然だ(同じ歌を歌うにしても)。けれどそれは、声がでなくなったなりに努力することがある、なんて消極的な考えでは全然ない。前に進むということは上に書いたようなことをすることではない。その当時の聴衆を失意させないように現在の自分を当時の自分に寄せて、聴衆から「変わらずいい歌うたうね」なんて、そんな評価を望んでいたら、媚びていたら表現なんてできやしない。

 ああいう歌手の態度と、そういうことをよしとする受け手にほんとうにうんざりする。そういう人達には、ディランやトム・ウェイツの凄さなんてのは少しも理解できないだろう。

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・ラジオで柴崎友香がインタビューゲストとして出演して、柴崎友香が小説家として先輩である高橋源一郎に「長年書きつづけることができる秘訣のようなものは?」というような質問をして、それに対して高橋源一郎は「そんなこと気にしないこと」と答えた。「二十代の頃と同じように書くことは絶対に出来ない(体力的なことも含めて)、けれど、今の自分にしかできないことがあって、それは二十代の頃の自分にはできないことで、今の自分はもっと先に進んでいる(ネクストステージで書くことができる)のだから、気にしないこと」というようなことをいって、柴崎友香も高橋源一郎もお互い笑っていた。

 本当にそういうことだと思う。上に書いた歌手は高橋源一郎がいうような、表現者としての在り方、姿勢を全然理解していない。

2014.12.11 924 『酔う指の叩くキーボードから起こる文字』

12 11, 2014 | 日記2014

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・オーティス・レディングを聴いている。今日はオーティス・レディングの命日。

・オーティスに限らず、ぼくが心を寄せる音楽人のどこがいい? と問われても、説明のしようがない。それは言葉で説明できる領域にないから。そういう感覚を与えてくれる音楽(言葉、意味をこえて惹かれるもの)に接して、ぼくもそういう場所にいきたいと思った。意味には回収されないもの。言葉(歌詞、意味)では表しようのないものをやりたいと思った。言葉に変換できるものではなく、常に音楽の始まる場所を、感じていたい。

・小手先の技術はコピー可能だ。けれど、大事なことはそこにはないのだし、そこをいくら追求しても形骸化するばかり。上手下手なんてものは表面の問題で、いくらそこを掘り下げても根は見えない。

————————————

・現在人間のしている作業のほとんどがコンピュータで代用可能だったりするらしい。作業能力は機械の方が優れているとしても、人間の身体を通してしか生まれないものがある。身体と身体のやりとりの中で。それがどういうもので、はっきり説明してみせろ、といわれても難しいが。世界から色が失せていく。

・とはいえ、大手スーパーのレジのようなものは、今でもう既に仕事というか、作業なのだから、どんどん切り替えは進むだろうけど。(機械で代用可能のような、そういうものは「仕事」というより、やはり「作業」だ)。

・結局「金」を一番上に据えているから、これからも流れはそちらに向う。けれど、その流れに回収されないものもきっとある。ぼくにとって必要な音楽はその流れに決してのらない。

・酔う指の叩くキーボードから起こる文字。

『12/21(日) Bar Tarji 忘年会 LIVE』

12 10, 2014 | Liveのお知らせ

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12/21(日) Bar Tarji 忘年会 LIVE
Open 15:30 16:00 Start 16:30 17:00 Charge ¥1500(ドリンク別)

出演 
渋谷トシアキ  17:10~17:40
TORA      17:50~18:20
太田昌子    18:30~19:00
maquaroni    19:10~19:40
松沢春伸    19:50~20:20
BRONCO    20:30~21:00
Kechon Kechon Jug Band    21:10~21:40
少太           21:50~

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・ライブの告知を、このページで長らくしていなかったことに、気づく。今年のライブ納め。

2014.12.10 923 『白む田んぼに白鳥の群れ』

12 10, 2014 | 日記2014

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・白む田んぼに白鳥の群れ。旅の途中の腹ごしらえ。遠くで揺れる首。

・ギターに触れることでしか解放されない指、の動き。歌うことでしか解放されない声、の響き。誰に向けてでもなく、ただただその行為を、する。しつづけることの軌跡。ようやく、そういう場所にきた。これから、だ。

2014.12.9 922 『殴り書き。メモ。』

12 10, 2014 | 日記2014

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・殴り書き。メモ。

・場所の側から課される制約。プロというのは、その制約のもとにおいて、それでも毎度(ある意味プレス作業的に)同じ表現を出来る人のことではなく(ほとんどの場合、そういう人間をプロ中のプロと呼びたがるのだろうけれど)、制約のもと、毎度身体の反応を素直に表現できる人ではないか。

 同じことを提示する、というのは、一つの安心材料になってしまう。毎度毎度どうなるかわからない、そのことを引き受けて舞台に立つことが出来るという、そのマインド。こわさを引き受ける。

——————

・殴り書きを読み直してプロという言葉、を選んだのが違う。書きたいのは、そこで金を得ているかどうか、ではないのだし。

・それに、頭に浮かんだことの一部でしかないから、「場所の側から提示される」もの、それが何か、を書いていない。メモ。自分へ向けての。

2014.12.8 921 『書く、書きつづける、停まらないで書く、ペンのうごきをじゃましない手と身体の姿勢』

12 09, 2014 | 日記2014

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・今日の言葉。高橋悠治『カフカ 夜の時間』より。

【——ペンがひっかかると、センテンスの途中であっても、耳元でことばをささやく声はそこで途絶える。ページの上の一本の横線が断ち切られた流れを終わらせる。未完成の断片にまじって、たまには最後まで書かれた物語もあったが、それらもそのまま見捨てられていた。何を書くか、どう書くか、ではない、書く、書きつづける、停まらないで書く、ペンのうごきをじゃましない手と身体の姿勢が、作家カフカだったと言えるのではないか。】p.188「新版へのあとがき」より。

2014.12.7 920 『光。跳ねる水。子ども』

12 08, 2014 | 日記2014

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・滝のように落ちてくるお湯を背中で受ける裸のおっさん。打たせ湯。ガラス越しに射し込む一時過ぎの太陽の光が、そのしぶきに溶けて乱れ飛ぶ様子があまりに綺麗で見蕩れる。隣で父親に抱かれてお湯に浸かる一才にも満たない赤ん坊が、同じようにおっさんの方をみてはしゃいでいる。水しぶきに反応。ああいう光景は根源的な歓びの一つなのだろうか。言葉でも意味でもなく、ぼくと赤ん坊が何かを共有した瞬間。温泉にて。

・光。跳ねる水。子ども。

2014.12.6 919 『木に沈んでゆく釘』

12 07, 2014 | 日記2014

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・軋む音を立て
 木に沈んでゆく釘。
 異物との摩擦。
 あるいはダンス。

・下駄箱をつくる。

・何十年もの時間を共に生きてきた二人の身体は、もう個別のものとして考えることもできないのではないか、そんなことを、入院しているじいさんの様子の報告をききながら思う。

2014.12.5 918 『冬』

12 06, 2014 | 日記2014

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・雪の降る
 足の先凍える
 車のガラスの曇る
 シラサギの雪空に舞う
 ギターつま弾く指の震える
 冬

2014.12.4 917 『付箋、ではなく、鉛の線』

12 05, 2014 | 日記2014

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・コーヒーを飲みながら。付箋を忘れたのに気づき、どうしようか迷いながら、結局、シャープペンで本に直接線を引くことにする。本を売るつもりはないし、かまわない。

・付箋、ではなく、鉛の線。

【夕映えの世界を踏みつけるシヴァの足音の鈴。おどりがはじまるとき、エビはもう死んでいた。筋肉の記憶だけが、はげしくけいれんする。】高橋悠治「カフカ 夜の時間」p.155より。

2014.12.3 916 『みぞれ状態で十センチ以上積もる雪に』

12 04, 2014 | 日記2014

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・みぞれ状態で十センチ以上積もる雪に、長靴を履いていても体温は奪われて、震えながら作業をしたのは、十時までのことで、休憩の間に、長靴に新聞紙を敷き詰め、靴下を二重に履き、ももひきをはいて、カッパも厚手のものに変え、その後は寒さに震えることなく作業を進める、相変わらず雪は重々しく降り続いている。

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松沢春伸の日記

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