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2014.10.31 883 『素朴な疑問として』

10 31, 2014 | 日記2014

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・霧で覆われた道を車ではしる、数メートル先の視界も定かでない道の霧が一気に晴れて、窓ガラス越しに太陽の光が痛いくらい射し込んでくる! 横に目をやると、田んぼの地表から水蒸気が舞う、この一瞬。この一瞬の驚き。

・目でしか感じ得ないもの。視界に依るもの。人はどこまでそれを頼りに書くのか。うたうのか——。素朴な疑問として。
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2014.10.30 882 『晴れた日に』

10 31, 2014 | 日記2014

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・晴れた日に。雪の降るのを見越した作業。始まる。雪囲い。

・雪化粧、という言葉があるが、こちらは雪をめぐる人の思考の、実用ばかりをあらわしたものでない、化粧。実用だけでいいならば、雪囲いは、その形は、別のものになる。

2014.10.29 881 『こうとしか言えない、という』

10 30, 2014 | 未分類

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【関節がはずれるくらいやってみたらどうか。そういう踊りをやらないと可能性がないんですよ。いつもそういう踊りをやる。関節がはずれるくらい、関節がなくなるように、全身。今までやったことないでしょう。今日は関節がはずれるくらいやってみたら。やってみてください、だからNOTHING。】大野一雄

・何をいってる? なんて、ことは別に問題じゃない、こういう言葉でしか言えないからこういう言葉になる。こうとしか言えない、という場所。

2014.10.28 880 『というか、わかることを書いたことなど』

10 28, 2014 | 日記2014

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・言葉でしか表せないことがあると、おもう人間より、言葉で表すことが出来るものなどたかが知れていることを知りながら、それでも書く、の、そういう人間の、言葉。に触れたい。

・音楽の評論というのがどういうものかよくわからないけれど、評論家で、言葉が優位に立っている人でおもしろい文章を書く人をみたことがない。言葉で処理できないことをわかっていて、あえてそれでも、という場所にいる人にしか書けないものはきっとあるのではないか、と思う。

・今日もわからない。というか、わかることを書いたことなどあるのだろうか、、、。

2014.10.27 879 『凹凸のない、摩擦のない、大人からみて扱いやすい子どもを』

10 27, 2014 | 日記2014

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・NHKを見ている。会社の社長の本棚のメインが「ワンピース」て。仲間仲間て。共有意識に飢えすぎだ、ほんとに。面倒なのは、仲間意識が強い、そういう姿勢が「いいもの」だと思われていること。正直気持ちが悪い。どうでもいいが。

・どうでもいいなどといいつつも、ひとりでなにかをやることが好きだというような子どもが、徒党を組まないと何も出来ないような奴らになんやかんやいわれるのはどうかとおもうし、それ以上に大人がそれを助長させるような動きが気持ち悪い。仲間が大事と聞こえのいいことを言いながら、結局のところ凹凸のない、摩擦のない、大人からみて扱いやすい子どもを育てようというような。

・ああ、こんなことを書くと具合が悪くなる。

2014.10.26 878 『そこには「身体性」がない』

10 27, 2014 | 日記2014

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・ライブを見にいった。

・リズムがある。リズム感がいい。というのは、一定で、拍がずれないことではないよな、と思った。そういうのは機械があれば充分なのだし。

・文章におけるリズムというのも。一般に「いい文章」というのは、リズムが一定でそこからずれず、最後までもっていくようなものと思われているのかもしれないけれど、そこには「身体性」がない。「その人」でなくともいいわけだから。

・「のる」「のれる」というのは、ただただビートが早く一定だということでなく、その人の身体から繰り出された特有のリズムを後追いしながらついていく心地よさのようなことなのだと思う。読むにしても、聴くにしても。

・つらつら何を書いているのだろう、、、。

2014.10.25 877 『光の気配だけ』

10 26, 2014 | 未分類

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・身体すら放り出して、細い一本の糸だけが、世界との繋がりのようで、もはや、糸すらなく、全てが溶けて…

・光の気配だけを微かに感じている。

2014.10.24 876 『おれはひとりでやるよ』

10 24, 2014 | 日記2014

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・徒党が必要なら、組めばいい。けれど、今日あの人がいったのは、別だった。「おれはひとりでやるよ」。

・歌の言葉は誰に向けて紡がれるか? 目の前の人? 遠くの人? 自分へ? あの人がいったのは「自分自身へ向けて」。「自分自身が揺らされる言葉」。ワタシの相対化。

・歌の全てに何かしらのメッセージが込められていて、それを読み解くのが「聴く」ということだと考えるのは、こわい。

2014.10.23 875 『乗り込むと車内は寒く』

10 24, 2014 | 日記2014

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・乗り込むと車内は寒く、走りはじめてすぐに暖房をつける。冷房側に振り切られていた空調のつまみを暖房側に目一杯回す。

・鏡に映る自分の顔も少しずつ日焼けの黒さは薄れてきているようだ、と考えながら、コーヒーを呑み煙草をふかして向かいの席に座る女の挙動を見るともなく、見ている、私の目。

2014.10.22 874 『お互いに修行のような場所』

10 22, 2014 | 日記2014

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・ひとりひとり。演奏する。一緒にではなく。順番をもって。その関係が産む何か特別なもの。

・少太兄さんと。演奏をするときは、それを思う。「ぼくはこんなことを提示したから、兄さん、ここからもっと凄いのやってよ」と。

・毎度、毎度、彼はそれをやってくれる。「大変なんですよ、こういう暴れん坊な弟をもつと、、、」と言いながら、彼は凄いことをやる。それがおもしろい。だから、ぼくは、彼の前に演奏するものとして、彼のそういうところを出させるきっかけを、やる。

・馴れ合いには、決してならない、というおもしろい場所。お互いに修行のような場所。

2014.10.21 873 『理屈で行けるところまでは行ってでも最後にぎりぎり賭ける、っていう緊張感に満ちた』

10 22, 2014 | 日記2014

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・本棚から。適当にパラパラと。

【——自分の作ったものって客観的に見れるわけじゃないし、自分の創造の過程ってすべてコントロールできない。だからこそ、そこが賭けになるわけだし、「どうにでもなりやがれ」っていうことになるんだと思うんです。クオリティの違いはありますよ。そこは端的に、ものを創るっていうことが、考え詰めて考え詰めて理屈で行けるところまでは行ってでも最後にぎりぎり賭ける、っていう緊張感に満ちたことなんだってことが判ってるか判ってないかってことなんじゃないですか。最初からすべて判ってるなんてあるわけない。】佐々木中『足ふみ留めて』p.212より。

2014.10.20 872 『しかし、けっして、きれいではない』

10 21, 2014 | 日記2014

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【ゴッホは美しい。しかしきれいではない。ピカソは美しい。しかし、けっして、きれいではない。】岡本太郎

——————

・自分が書く言葉、など、何処かで誰かが、既に書いている。「オリジナル」なんてものは、大して重要なことではない。求めることにおいては、、、。

・と、このような言葉に接して思う。

2014.10.19 871 『仙台「夢人」にてライブ。少太兄さんと』

10 20, 2014 | 日記2014

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・仙台「夢人」にてライブ。少太兄さんと。

【カフカは小さい声で書いた。トルストイにとって小説はそれを読んだ人が生きるためのものだったが、カフカにとって小説は書く自分が生きるためのものだった。楽器の演奏やダンスと同じで、その夜、その夜からはじまる何日間何ヶ月間を生きるためのものだった。】保坂和志

今宵。ライブ。

10 19, 2014 | Liveのお知らせ

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『虚弱ブラザーズライブ』

少太&松沢春伸

10/19(日)
仙台 居酒BAR 夢人

Start 20:00 Charge ¥1000(ドリンク別)

仙台市青葉区中央1-7-18 日吉第一ビルB1F

2014.10.18 870 『セイタカアワダチソウが群れて、揺れている』

10 19, 2014 | 日記2014

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・セイタカアワダチソウが群れて、揺れている。どうもぼくの心はあの色に引寄せられない。どこか外の国からやってきたその植物も、いまではこの国の立派な秋草になっている。

・昨日の引用した文章に、次の文章が添えてある。

【中原中也とか、宮沢賢治とかいふ奴はかあいさふな奴の標本だ。それにくらべて福士幸次郎とか、佐藤惣之助とかはしやれた奴だった。】金子光晴『女たちへのいたみうた』p159 「偈」より。

2014.10.17 869 『始めから反古にひとしいものを書いて』

10 18, 2014 | 日記2014

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——偈——

人を感動させるやうな作品を
忘れてもつくつてはならない。
それは芸術家のすることではない。
少なくとも、すぐれた芸術家の。

すぐれた芸術家は、誰からも
はなもひつかけられず、始めから
反古にひとしいものを書いて、
永恒に埋没されてゆく人である。

たった一つ俺の感動するのは、
その人達である。いい作品は、
国や、世紀の文化と関係(かかわり)がない。
つくる人達だけのものなのだ。

他人のまねをしても、盗んでも、
下手でも、上手でもかまわないが、
死んだあとで掘出され騒がれる
恥だから、そんなヘマだけはするな。

金子光晴『女たちへのいたみうた』p.159

——————

・今日の言葉。感動した。

2014.10.16 868 『小さな手帳のはしに書きとめておけば、それで』

10 17, 2014 | 日記2014

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・言葉。

【そのあいだに、僕の詩がまた、はじまった。しかしそれは決して、世間に評価を問うための作品ではなかった。小さな手帳のはしに書きとめておけば、それで満足だった。僕は、そういういじいじした表現の習慣を、心の底ではあざわらっていたが、また、それによってなぐさめられてもいたのだ/57年自伝】金子光晴

2014.10.15 867 『曲は形を変えて、生まれ直す。何度も、何度も』

10 15, 2014 | 日記2014

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・メモ的に書く。ことわらずとも、日記とは、そうでしかないのだけど。


・「全ては始めてから始まる」という言葉は、いわき市でライブをした時の日記から引用。事前のイメージをそのままあらわすことは容易だ。と書いてみると、どこか嘘くさい。ある意味では容易ではない。いざ、行為を始めると、どうしてもその身体の動きに導かれて、次の身体の動きを生む、というようなこと(表現とはなんだろうなどと考えていない人にも)は、起こるはず。

 よほど、その事前のイメージに固執しない限り、行為するというのはきっとそういうもので、一回性を意識するしないに関わらず、誰もが経験していること、と思う。

 その動きを意識的に排除するか、しないか、の違いなのではないか。「事前のイメージを表出させる」ことこそが表現というもので、手の動きによって、事前のイメージを払拭しながら(自分をコントロールできないような)自分でもおもいもよらないものが現れてしまう、というのは、表現とは呼べないというような、考え方(自分はそういう場所にはいかないけれど、、、)。

 「全ては始めてから始まる」、という言葉、それは、事前のイメージに形を与えることでなく、行為の中で生まれてくる行為、その動き、そちらの側に依ること。だから、どうしても「原曲」という概念は壊れてしまう。曲が演奏される、その場その場で、それらの曲は形を変えて、生まれ直す。何度も、何度も。

2014.10.14 866 『なんでいちいち誰かに』

10 15, 2014 | 日記2014

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・ラジオのインタビューをきいて。夢を与えたい、だの、明日への活力を与えたい、だの、そういうことを音楽の理由にしているような人間が語る言葉に辟易する。こういう言葉を吐く奴らが「売れてる側」の音楽シーンに大勢いるのだから、そりゃつまらないものしかうまれないのは当然だ。

・なんでいちいち誰かに夢とか、明日への活力を与えるために歌を歌わなくちゃならないのだろう。そういう人(与えたいという人間も、それを受け取る人間も)たちにとって、「音楽」は「行為」ではないようだ。「歌手」という「商品」か。どうでもいいことだけど。

2014.10.13 865 『時間も名前も肉体も  溶けて』

10 14, 2014 | 日記2014

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・受けとる側にばかりいないで、言葉ばかりに頼っていないで、こちらへおいで。行為する側にいなければ、わからないことがたくさんある。行為する側にいたって、わからないことがたくさんある。
 
・世界に溶けて
 どこまでも溶けて
 だれがうたっているのか
 だれが踊っているのか
 だれがえがいているのか
 わからないほどに
 時間も名前も肉体も
 溶けて

2014.10.12 864 『編み目は細やかに』

10 13, 2014 | 日記2014

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・山形ビエンナーレ。フォーラムにて。「世界最古の洞窟壁画 3D忘れられた夢の記憶」+ 高木正勝映像作品上映&高木正勝 × 坂本大三郎トークショー。をみる。

・世界を感じる感覚の編み目は細やかに。

2014.10.11 863 『鈴木昭男×鈴木ヒラク、大友良英×吉増剛造』

10 12, 2014 | 日記2014

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・山形ビエンナーレ。鈴木昭男×鈴木ヒラク、大友良英×吉増剛造、二組のパフォーマンスをみる。

・鈴木昭男さん、よかった。ドローイングの人は、インタープレイに至っていない。「×(かける)」になっていない。

・詩人という「枠」を壊していない、詩人のパフォーマンス、途中で飽きた。

・考えたことはいろいろある、という、自分の身体に起こったこと、そのことの方が大事で、パフォーマンスがどうのこうのは、ま、いいか。後々書く。

2014.10.10 862 『蛙は吹き飛ばされ、ゴロゴロと転がった』

10 11, 2014 | 日記2014

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・月の大きな夕方。電車待ちの車の中から、蛙が一匹線路の上で跳ねる、のを見ている。電車が蛙のすぐ脇を通り過ぎた時、その風圧で蛙は吹き飛ばされ、ゴロゴロと転がった。転がされた蛙は、起き上がって、今度は電車がきた方とは逆に跳ねた。

2014.10.9 861 『池に落ちた蜘蛛は水に沈む』

10 10, 2014 | 日記2014

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・言葉によるスケッチ。スケッチ作業はおもしろい。

—————————

・池に落ちた蜘蛛は水に沈む。池の底に足が着くと、水中に漂う松の葉を足がかりに水上へ戻ろうと歩き始める。方向転換を繰り返し、水中を数センチ移動した蜘蛛を、錦鯉の大きな口が飲み込んだ。泳ぐ錦鯉の口がもそもそ動いている。

2014.10.8 860 『もっと先行して、先行して、先行して!』

10 09, 2014 | 日記2014

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・言葉。大野一雄。

【命が先行すれば、上手下手は問われません。もっと先行して、先行して、先行して!】

【天地創造からずうっと歴史が通じてわれわれのところまで続いている。これがわれわれの考えになければならないと思う。】

2014.10.7 859 『基本的には関係ない』

10 08, 2014 | 日記2014

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・昨日の日記の「基本的には関係ない」というのは、知られたり、評価されたりすること、その場所でしか経験し得ないものがあるから。その場所の方が強烈な体験になることもあるから(うまくいえないが、、、)。

 ただ、よりよく評価されるために、という態度が行為の前提になっていれば、前に進むということは、その人にとって「いかに世に知られるようなものをつくるか」という手段の話になってしまう。それでは、ただのかまってちゃん、だ。

 そこに行為の前提を置かない人間にとって、「基本的には関係ない」。


・月の大きな夜に手をこすりながら息を吐きかけ店の扉を開けると、いつもの顔が待ってくれていて、ホットラムを注文する。

2014.10.6 858 『隣の屋根に落ちる雨の音』

10 06, 2014 | 日記2014

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・隣の屋根に落ちる雨の音、で目を覚ますわたし、は背中が痛い。

——————

・わたしは、わたしの身体からこぼれた、わたしの知らない何かに触れ、驚き、歓ぶ。

・表現者として、前に進むというのはそういう体験を重ねることで、誰かからの評価が高まったり、世に知られることとは、基本的には関係ない。

・ウォン・カーワァイ総指揮、「光にふれる」をみる。

2014.10.5 857 『誰も風を評価できない』

10 06, 2014 | 日記2014

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・誰かは誰かだ。何処にも依らない。

・自然から受け取る、自然の中にいて生まれる感情は「評価」とは関係ないもの。というか、自然を評価しようがない。「美しい」と言葉にできてもそれは評価ではない。

 四月にディランのライブを体験したときに自分のなかに起こった感情は、評価とは全く関係ないものだった。だって、風のように歌うのだもの。誰も風を評価できないもの。身体を撫でていく風の感触に浸るだけ。


・誰かに評価されることを前提とした、いい評価をされることを行為の一番始めに置いた、表現する人、そういう人から発せられるものに、興味などない。全てポーズに思えてしまう。

2014.10.4 856 『VORZ BARにてライブ。佐々木龍大さんと』

10 05, 2014 | 日記2014

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・VORZ BARにてライブ。佐々木龍大さんと。

・考えながら、は、指が凍る。徐々に身体の縛りを解いて、思考を身体に任せる、その状態。

2014.10.3 855 『ギターに触れる指に冷たさを感じる季節になった。』

10 04, 2014 | 日記2014

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・河原でギターを弾く、雨雲がかかりほんの数分雨が降る、車に入ってギターを続ける右側に虹が見える、もう一度外に出て日が沈むのを眺めながら歌をうたう、日が暮れると、ギターに触れる指に冷たさを感じる季節になった。

・ギターがますます身体に馴染んできている。数年前には感じ得なかった感覚。

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