2014.2.28 610 『ささやくだけ  ささやくだけ  夜の底でひとり 』

02 28, 2014 | 日記2014

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・右隣に座る男は、パソコンの画面をひらいている。左に座った男は、開いたノートの位置や、本の位置を、強迫症的に直し続ける。ぼくは、ただパンをかじり、コーヒーを飲み、小島信夫を読む。

・不思議なもので、強迫症的な人間が隣にいると、こちらは、かえってどっしりする。

・小島信夫「ラブ・レター」から、今日付箋を貼った所を引用しようとおもったけれど、やめる。引用のしようがない。こういう人をおもしろいと感じるようになるのは、そのこと自体がおもしろいのだけど、そうすると、それ以外のものが「おもしろいと感じなくなる」という、困ったことになる。これは本当に困る。けれど、歩けば歩くほど、自分の感覚は鋭く(?)なるはずで、おもしろいと感じるものが減っていくのは仕方ないことなのかもしれない(数は減るけれど、そのぶんおもしろい、と思えるものに出会えた時の感動! 同様に、自然の在りように対しての感動は大きくなる、なっている)。

・どういうことか、を説明するのは難しい。変な例えになるけど、ボブ・ディランの「おもしろさ」をしった人(もともとのディランフリークじゃ無しに)が、エグザイル(という人たち)に「おもしろさ」を感じることは今後ない、というような(あまりに酷い例えだ、、、)。わからない。眠い。

・ささやくだけ
 ささやくだけ
 夜の底でひとり

2014.2.27 609 『夢の強度。全く整合性もなく、常に飛躍する』

02 27, 2014 | 日記2014

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・今日はThe Impressions。

・異様に感触のリアルな夢をみて、起きた。起きていることのほうが嘘くさく感じながら。と、書くことがどこか嘘くさい。とにかく、今日はその境があやふやなまま起きて、あまりにその感触がはっきりと残っていたので、ベッド脇に置いてあるノートを取ってメモした。

 普通なら、メモしながらその感触はどんどん失せていくものだけど、今日に限っては夢の記憶がはっきりとしていて(小さな明かりの中でほとんど寝ぼけながら書いたから、ということもあるかもしれない)時間がたっても、イメージが去らない。気づくと一時間近く書いていたらしい。けれど、どうしても一緒にいた女性の名前と顔が思い出せない。「———」と呼んでいた名前が戻らない。顔も。恋した。


・夢の強度。全く整合性もなく、常に飛躍する。それでも、その中の人物たち(見ている自分を含め)はそれをそれとして受け入れている。ということの異様。不穏。

・それを形にするには? 言葉で。あるいは音楽で。あるいは踊りで。

—————————

・どうでもいいのだけど。人のいうこといちいち聞いててもしょうがない。大体誰か(先生でもなんでも)のいうことをちゃんと聞くような人なんて、「表現するという場」にそもそもいくだろうか。

2014.2.26 608 『尻(けっつ)出しても寒ぐないもの』

02 27, 2014 | 日記2014

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・今日もマディ・ウォーターズ。

・今日の言葉。あるいは、過去の付箋。本棚を眺めて手に取った本の一節。何でか知らないけど。こういう時、に。こういう言葉、に。出会う。たまたまとか、そんなん違うのだね。きっと。

【アフリカのリズムが西洋のリズムとちがうように 音楽のかたちもちがう はっきりとしたはじまりや終わりはなく 地下水があらわれるようにどこからともなく来て 波がかさなるように立ちのぼり 即興のあそびとなり また消えていく それは楽譜をもたない音楽のありかたで いったん楽譜を読んで音楽を視覚化することに慣れてしまうと こういう音楽をつくることはできなくなる 音楽学が分析するアフリカのリズムの複雑さが演奏の経験とはまったくちがうように 楽譜に定着されたアフリカ音楽が粗く硬直しているだけでなく スタジオで録音された音楽でさえ よそよそしい響きをたててしまう】 高橋悠治「きっかけの音楽」p.152 より。

・前にも引用したろうか? そんな気もするし。わからない。別にしていたって全然かまわない。大事なことは何度でもいえばいい。のだし。


・今日は暖かく、暖かい、というより暑かった。先輩Sさんは野グソした。それから「今日はあっづい。尻(けっつ)出しても寒ぐないもの。」とお茶うけの団子を食べながらいった。

2014.2.25 607 『まぁみゅぅみょぉ』

02 25, 2014 | 日記2014

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・マディ・ウォーターズ「ベスト」。を聴きながら。

・「X」を打った後に、母音を打つと小さくなる、ことを今、初めて知った。すごい。ウォ—ターズの、ウォ。はぁ。うぃ。しぇ。まぁみゅぅみょぉ。

・いろんなCD欲しい。レコード欲しい。本買いたい。お酒もか。本買えて、お酒の飲める(酒の値段じゃなくて、場所だったり、一緒にいる人だったり、その環境か、、、)だけの金あればいいや。本当に。

・眠たくてわからん。何を書いているやら。

・そういえば。今日は幼なじみの誕生日だ。ということは、明日は太郎ちゃんの誕生日じゃないか。

2014.2.24 606 『I'll Sing A Love Song To You』

02 24, 2014 | 日記2014

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・カフェにて。Candi Statonの「I'll Sing A Love Song To You」をイヤフォンで繰り返し聴く。何度も聴く。覚えるために。刻むために。身体が揺れてしまう。歌ってすらいたのかもしれない。それからジャック・デュパン「ジャコメッティ——あるアプローチのために」を読了。

・今日の付箋。

【線の数を増やすこと、それは、意味を、そしてただひとつの意味への確信を拒否すること以外の何だろうか。わたしたちは、創造の原則としての異議申し立てを、ふたたび見出す。二本目の線を描くこと、それは最初の線を、消すことなしに、問うことだ。悔恨を表明し、修正をもたらすことだ。二本の線のあいだに、矛盾した討論をひらくこと、喧嘩をはじめさせることだ。その討論、喧嘩を、三本目の線が仲裁する。そしてさらに展開させる。異議申し立てから異議申し立てへと、あらゆる確信はフォルムから奪い取られ、フォルムは、問いという様式にのっとってでなければ、現われ出ることができない。】ジャック・デュパン「ジャコメッティ——あるアプローチのために」p60.61より。

・こうして、誰かのコトバを自分の身体を使って書き写すこと。コピー&ペーストではなく、指を動かして書き写すこと。その大事さ。ただ読むことより、ずっと身体に刻まれる。同様に、音楽もそうだ。自分の身体を使って、通して、写す。こと。大事。

2014.2.23 605 『けれど掴むことはできない』

02 23, 2014 | 日記2014

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・あなたの鐘の音を
 絶えない鐘の音を
 小さな鐘の音を
 遠くで
 受けとる人がいる

・積み重ねることで、方法を獲得し、進んでいくタイプの人もいれば、まるで「つくったことがある」という過去すらも忘れて、振り出しに戻るように、方法も持たず、そのつどそのつど初めてつくるようにつくる、人もいる。というか、そうとしかできないというように。後者の場合、それはあえて「棄てる」という意識をもって、そうしているというより、初めから「積み重ねて、方法を得る」という回路が欠落しているように、、、、、、。

・虚空に手を差し出す。
 一瞬何かに触れる。
 けれど掴むことはできない。

・そろそろギアを「実践」にいれよう。

2014.2.22 604 『赤ん坊は話す。オオカミと話す』

02 22, 2014 | 日記2014

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・赤ん坊は話す。オオカミと話す。オオカミと赤ん坊はとても仲がいい。たくさん話しをする。大人がいうところの「言葉」とは違う「コトバ」で。大人の知らない方法で。それから、双子のようにじゃれあう。

・風穴をあける。というタイトルのエッセイがあった気がする。谷川俊太郎だった気がする。ついこないだそのコトバを使ったから、こんなことを思い出している。例えばこんなふうに。「あんた一体何がしたいわけ?」「風穴をあけるんだよ」。

・収穫の終わった水を抜いたセリ田には雪が積もって、それが凍りついていたから、その上をダッシュしてみる。息が切れる。水たまりの周辺に鴨の足跡があった。その隣には野良猫の足跡。ぼくはその横で息を切らしている。今日のお茶うけは抹茶プリンだった。スプーンが無くてKさんが「すすって食えるべ」といって、プリンを飲んだ。それからKさんは「赤いジャガイモってのがあってよ、、、、、、」といった。
 

2014.2.21 603 『デタラメに始まって、相手の音を探りながら』

02 22, 2014 | 日記2014

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・デタラメに始まって、相手の音を探りながら、ひとつの指向性を見つける、あるいはそのままデタラメに進む。というような音楽。何人かで集まって、できれば各自の専門以外の楽器、パートを演奏する。そんな音楽。

・タージの夜。起こったのはそんな音楽だった。わくわくだった。

・「感動の物語」がないと感動できないような、不感症的な人(あるいは「感動したい」病の人)が多すぎる、と感じるこちらが変なのだろうか? 特にFacebook上によくある感動話の類い。うんざりする。

2014.2.20 602 『さあ、切符をしっかり持っておいで』

02 21, 2014 | 日記2014

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・今日の言葉。

【さあ、切符をしっかり持っておいで。お前はもう夢の鉄道の中でなしに 本当の世界の火やはげしい波の中を 大股にまっすぐあるいて行かなければいけない。天の川のなかでたった一つの ほんとうのその切符を 決しておまえはなくしてはいけない】

【僕もうあんな暗の中だってこわくない。きっとみんなのほんとうのさいわいをさがしに行く】宮沢賢治

2014.2.19 601 『おのれの牢獄に穴を穿つこと』

02 19, 2014 | 日記2014

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・私は知ることができない
 この道の終わりも
 この物語の結末も
 そこが光に包まれているのか? すらも
 それでも、この足で歩いていくのだ
 
 (Old Song和訳より)

・久しぶりにカフェで本を読む。そして、今日の言葉。

【———孤独な人間は包み閉ざすが、人間の運命とは、休むことなく、期待することなしに、おのれの牢獄の壁に穴を穿つことだ。引きつづいて起きた試練、挫折、跳躍、それらはただひとつの経験の、さまざまな顔をした瞬間でしかなかったが、それらを通して、ジャコメッティは、おのれが担うべく引き受けた、到達不可能な目標に近づく。】p12,13

【———純化された視覚は、彫刻家が新しい方法と手段を発見すること、一瞬ごとにあらたに作られる方法と手段を発見することを要求する。すべてを学びなおすために、古いやり方、もはや無効な道具は棄てること。そして近づき、直し、余分な枝を払い、壊し、新しくはじめること。希望を持たずに。】p39,40

 ジャック・デュパン「ジャコメッティ あるアプローチのために」より。

・おのれの牢獄に穴を穿つこと!!。ああ、、、。

2014.2.18 600 『私の、私たちの月  泥まみれの  何と美しい、、、』

02 18, 2014 | 日記2014

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・終わりない始まり
 始まらない終り
 あいだにて

・田んぼに踊る月
 揺れる
 泥にまみれる足
 見上げる術も知らずに
 私の、私たちの月
 泥まみれの
 何と美しい、、、

・知るか。
 アホか。
 そんなもの。
 おもしろくもなんともない。
 と、いってみたい。
 思うだけじゃなしに。———なんだそりゃ。

2014.2.17 599 『今日はニール・ヤングの「オン・ザ・ビーチ」のレコードを聴きながら』

02 18, 2014 | 日記2014

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・「Jango」というラジオアプリ。今日はピート・シガー関連の音楽を、仕事中にイヤフォンで聞き流す。ディランが流れた瞬間に耳が持っていかれた。なんなのだろう? と思う。いつも思う。単に聴いたことがあるとか、好きだとか、もちろんそれはあるのだろうけれど。彼のうたは、歌詞の意味とか、技術を越えて、ただ「どん」とくる。「どん」とくるて、、、。なんて稚拙な表現なんだ、、、。

 とにかく、セリ田の水に太陽の光が急に映る瞬間とか、そういう「自然」に向き合ったときに起こる感情に近い。だから、いつも言葉にならない。ただ「ああ」となる。


・今日はニール・ヤングの「オン・ザ・ビーチ」のレコードを聴きながら。Amazonのマーケットプレイスに注文していた本が届いた。小島信夫「ラブ・レター」とジャック・デュパン「ジャコメッティ あるアプローチのために」。

・声(うた)とか、踊りとか、そこでの嘘はばれる。ばれるからこそ、その中での本物は際立つ。凄い。(もどき、と、本物)。意味としてではなく、身体に直接訴える。

2014.2.16 598 『今はディランが歌っている』

02 16, 2014 | 日記2014

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・田んぼにいくまでの道が雪に塞がれて、今日はまず、車の通る道をつくることからはじまった。気温は高く、水気の多い雪だったので、重く、苦戦した。どうにか、轍をつくり、軽トラの進む道をひらく。雪から雨に変わる。今日の十時のおやつはリンゴと、せんべいと、チョコだった。

 昨日はロールケーキで、W奥様がバレンタインに気を使ってそうしてくれたらしい。女性陣は休みだったので、直接W奥様には昨日は伝えられなかったけれど「うまいね」といいながら、男どもは食べたのだ。今日「どうだっけ? いたんでねっけが?」と聞かれたので、「うまいっけよ」と伝えておいた。男どもを代表して。


・今日、セリ屋の友達に「実家にあったから」といって、古いレコードプレーヤーをもらった。スピーカーが一体になっているもので、音がいいとはいえないけれど、楽しい。プレーヤーが壊れてからレコードをかけていなかったけれど、気軽に聴ける感じがいい。オーティスをかけてみると、スピーカーのチープな音質とあっているなあ、と思う。とにかくまたレコードを聴くことが出来る環境になったのが嬉しい。

・今はディランが歌っている。

2014.2.15 597 『バカたれ、ってな具合に』

02 16, 2014 | 日記2014

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・夜中もずっと住宅地を除雪車が走り回っていて、その音や振動で眠れなかった。などという繊細な眠りをする人間では全然ないので、ぐっすり眠った。夜中、一度目が覚めたような気もするけど。それは除雪車の音のせいではなく、夢のせいだったかもしれない。

・誰かひとり。百人より、千人より、万人より。誰かひとり。でいい。

・百人として。九十九人に「いいね」といわれても、憧れの先人ひとりに「おまえのやってることなんて全然だめだ」といわれたら、やっぱりだめなんだ。別にだからといって、その人に褒められたいとかいうわけでは全然ないけれど、、、。知らず知らずのうちに、九十九人のほうに向けて、やっちゃうもの。で、だから、自分のそれを蹴飛ばす。バカたれ、ってな具合に。

2014.2.14 596 『まもなくぐんぐん強い芽を噴いて』

02 16, 2014 | 日記2014

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・今日の言葉。

【誰のために創るんだろう。考えたことあるか。自分のために? そんなの甘っちょろいよ。植木づくりでもやるんならそれでいいんだ。金のために? だったら創るより早いやりかたがいくらでもあるだろう。】 岡本太郎

【きみのようにさ 吹雪やわずかの仕事のひまで泣きながら からだに刻んでいく勉強が まもなくぐんぐん強い芽を噴いて どこまでのびるかわからない それがこれからの新しい学問の始まりなんだ】 宮沢賢治

2014.2.13 595 『クレイジーじゃなきゃだめですよ』

02 14, 2014 | 日記2014

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・敏感で。繊細で。にして最後で振り切る。

・その連続。「は?」といわれる恐さの克服。

・「クレイジーじゃなきゃだめですよ」といった。彼はいった。彼女はいった。誰かがいった。

・初めから、彼はそうでした。ではないよ。それはたたかいの足跡なの。だからやるか、やらぬかなの。

2014.2.12 594 『それは、おばあさんではなく、猿で』

02 12, 2014 | 日記2014

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・違和感。違和感。違和感。何かが違う。

・前を歩いていたおばあさんの脇を、軽トラックで通り過ぎる。振り返ったおばあさんの、その顔は猿のようだった。猿みたいな顔だ、と思いながら、サイドミラーでもう一度おばあさんの方を見ると、それは、おばあさんではなく、猿で、その猿は、四つ足で道路を走り、雪を纏った田んぼの方へ駆け出していった。

・メダルの色とは関係なしに、素人の目として見て、どう見ても、ショーン・ホワイトという人の滑りだけが異質に見えた。国籍も、名前も関係なく、何も知らない、という立場で見たとしたら。

 (日本の選手をどうしてもひいき目線で見るのはしょうがないのだろうけど、その「がんばれ」というドキドキとは別に、演技それ自体にドキドキした)。

 凄いものをみたい。日本の選手がメダルをとるのは嬉しいといえば嬉しいけれど。ぼくには、彼(ショーンという人)がやっぱり異質に見えた。失敗して点数が悪かったのかどうか、知らんけど。彼だけが、「彼以外の誰でもなく、彼にしか見えない」というところにいたように思う。いろいろ勉強になった。

2014.2.11 593 『どうでもいいけど』

02 12, 2014 | 日記2014

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・バイパスを車で走ると、道路沿いのラーメン屋のスタッフがいつも旗をぶんぶん振って客の呼び込みをしている。毎度毎度大変だなあ、と思いながらも、ぼくはどうしてもそういう店に入る気にならない。

 全然違うかもしれないけれど、ライブを見にいって、演者が「盛り上がっていこうぜ!!」とかコールすると、その瞬間どっちらけてしまう。周りが「いえーい!!」とかなると、ますますしらけてしまう。なんなのだろう。気質なのか、どうか。「盛り上がっていこう」とかいう前に、あなたの音楽で盛り上げてくれよ、と思ってしまうからなのか、、、。いい音楽だったら、こっちだって自然と昂揚しますよ、と思ってしまうからなのか、、、。どうでもいいけど。


・だから演者の立場になっても、そういうの向かない。たぶん、やらない。同じ場所で演奏するとしても、毎回毎回、ぼくは初めての感じになってしまう。どうでもいいけど。

・女子カーリングの韓国のスキップ(最後に投げる人)の叫び声と、その時の顔があまりにこわくて、どうしようかと思った。どうしようか、といっても、どうしようもないけど。こわかった。どうか、夢には出てこないでほしい。どうでもいいけど。

2014.2.10 592 『「なってたまるか」という根本の苛立ち』

02 10, 2014 | 日記2014

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・引っ掻くこと。というのは、音楽でいえば、単純なBGMにならない音楽を提示するということ。どうしても耳が持っていかれてしまって、BGMにならないよ。ということ。こんなこと何年も前に書いたというか、いっていた記憶がある。変わっていない。

・強度として、ただ酒を呑む、コーヒーを飲む、その後ろで流れるBGMとして、彼らの時間に寄り添うだけのものに「なってたまるか」という根本の苛立ち。をもっているようなもの。

・BGMのプロとしてやるのなら、それはそれでいい。けれど、表現というのは基本的にBGMを目指すものではないでしょうに。(その場にいる皆の雰囲気を察知して、皆が心地いいように何かを提示する、というプロがいたって、それはそれでかまわないけれど、ぼくが体験したいのはそういうことじゃない。)

2014.2.9 591 『【前の前の前の前の前の人の、こういう関係があるわけですよ】と彼がいうときの、彼のいおうとしていること』

02 10, 2014 | 日記2014

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・一昨日引用した【おそらく私は、自分が考えたってのは、おそらく何もないんだ。全部恩恵によって考え出されたものだと私は思っている。前の前の前の前の前の人の、こういう関係があるわけですよ。】というような言葉に出会うとき、はっとする。

 「自分だけにしかできない特別な考え(個性)がある」というような考えは、上に書いたような言葉に出会うと、頭をひっぱたかれるというか。そういう考えに固執するよりもっと重要なことがあるんじゃないか、とおもう。例えば【前の前の前の前の前の人の、こういう関係があるわけですよ】と彼がいうときの、彼のいおうとしていること、、、。そこを考えること。

・なかなか山形では踊りを体験する機会がない。自分が知らないだけで、あるのだろうか? 興味があるので調べてみようと思う。
 

2014.2.8 590 『そんなの無視して雪は降る』

02 09, 2014 | 日記2014

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・実践、行動、つくったり、その場所から生まれた言葉には「何か」が宿るようなことがあって、そういう言葉は誰かの内側に響く。本から拾い上げただけの、知識として詰め込んだだけの言葉は、響かない。少なくともぼくには。

・「つくる」というのはどういうことか? 向き合えば向き合うほど、逆に、言葉に出来なくなるのが本当じゃないかと思う。進むたびに、いいそびれ、いいあぐね、いい迷う。だって、問い自体が深まるのだもの。

・雪。大雪。ましろ。人は翻弄され、慌てたり、はしゃいだり。そんなの無視して雪は降る。

2014.2.7 589 『死者の恩恵をつぶさに受けて』

02 08, 2014 | 日記2014

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・今日の引用。

【死者の恩恵をつぶさに受けて、ともに生きている、歩いていくっていうような、そういう気持で踊りたい。】 

【おそらく私は、自分が考えたってのは、おそらく何もないんだ。全部恩恵によって考え出されたものだと私は思っている。前の前の前の前の前の人の、こういう関係があるわけですよ。】

大野一雄・稽古の言葉

2014.2.6 588 『売れるようにつくる、ことと、つくったものを売る、ことは全然違う』

02 06, 2014 | 日記2014

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・昨日の日記について補足として書こうと思っていたことがあったのだけど、今日は書かない。

・売れるようにつくる、ことと、つくったものを売る、ことは全然違う。根本から違う。

・前にも書いたけど、表現、芸術する、行為は需要と供給の外にある。

・「お客さまは神様です」というような態度が、表現(する側、受ける側ともに)全般のレベルを下げた、とおもう。

・そんなのはただ客をまわすだけで金が生まれ、それが商売だと思っているような奴らの思想。

・「受け手なんて関係ない」と、自分のやるべき表現に没頭している人間の表現が結局のところ一番「受け手」を信頼している。ことになる。(これは、伝わりづらいだろう。別のときに書く。眠い。)

・今日は書かない、なんていいながら、結局かいてるじゃねえかよ。また明日も付け足すかもしれない。

2014.2.5 587 『あまりに投げっぱなしもどうかと思うので。一日の日記に引用した保坂和志の言葉を』

02 05, 2014 | 日記2014

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・あまりに投げっぱなしもどうかと思うので。一日の日記に引用した保坂和志の言葉を自分なりに理解するために書く。

 表現する人間にとって、それを見る、聴く、読む、要するに「受ける」側の人間というのはどういうものか? という問いに「関係ない」と答える彼の反骨の在り方にしびれるのだけれど、それはいいとして、まず、誤解されやすい言葉だということは間違いない。

 表現する側にいる人間にはもちろん、それを受ける側(例えば、ライブを見に来る観客など)という立場にいる人たちにからは、もっと誤解されるだろう。

 例えば、「関係ないなんていっても、見に来る客がいなければあんたらはどうしようもないじゃないか!?」という言葉。これは受ける側から真っ先に起こる言葉だろう。同様に、表現する側の人間からは「私たち表現する側の人間は、お客さんに金をもらっているのだから、それに見合うこと、客を喜ばせること、楽しませること、をしなければ、お金を頂戴する資格がない」あるいはもっと単純に「誰かに自分の表現を認めてもらいたい」など。

 けれど、彼は、そんなことを気にしていない。いや、気にしていないわけではもちろんない。けれど、そういった考えを突き放す。自分の中にある迷い(受け手をよろこばせたいとか、認められたいとかいった感情)を突き放す。彼は(小説家として)売れるために書くのではないし、読む人に褒められたくて書くわけでもない。ましてや、評論家になど、、、。

 それでも。彼にとって(あるいは、そう思いながら表現している人々にとって)は、単純に、誰かに認められる、褒められる、売れる、名前が残る、、、そんなことより重要なものがある、ということだ。

 お金をもらっているから、その対価としてそこにいる客を喜ばせるのが義務だ、というのも、安っぽい話で、本当ならば、本当に表現者が提示しなくてはならないのは、「受け手が体験したことのないものを提示すること」で、金を媒介にして「馴れ合う」ことじゃない。

 【「あ、これが書けたな」って思う瞬間は何ものにも代えがたいってはなしになる。】という時の、感覚、それは、創作の過程で、「自分が自分自身を乗り越えていく瞬間」を体感すること。だと思う。

 ジャコメッティも同じようなことを書いていたけど(ここで引用するには、長くなりそうだし、時間がかかるし、引用してる間に、書こうとしていることを見失いそうだからやめるが、、、)創作の過程で、ほんの一瞬生まれる、「えっ!? 自分はこんなに遠くまで歩けるんだ!?(こんなことが自分に出来るんだ!?)」という感覚。少しでも遠くまで手を伸ばして、何かに触れることができた!! というその感覚。

 例えば、ライブでいえば、失敗しても、破綻してもいいから、安全な場所を逸脱して、演奏している最中に「こっちにいったらどうなるんだろう!? 失敗するだろうな、やったことないしな、どうしよう、、、」と思ったら(思いながら)、そっちに舵を振る、振り切る、ということ。だから、大体は失敗する。もちろんそうです。自分にもわからないことをやろうとしてるのだから。けれど、その恐さを引き受けて、それでも破綻してもいいから進む。こと。

 何度もいうけど、ライブは発表会じゃない。まとまりのいいものを、まとまりのいいままに、提示する場所じゃない。誰に何をいわれようと、ぼくにとってライブというのはそういうもの。「自分が自分自身を乗り越えていく瞬間」を体感する場所。

 、、、だんだん何を書こうとしているのかわからなくなってきたので、やめる。

 けれど、ぼくはそういう闘いをしている表現者を、尊敬する。愛する。

2014.2.4 586 『のどから血が出るまでは叫ぶんですよ』

02 05, 2014 | 日記2014

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・かつて憧れたもの。への憧れの感情が消える。よくあること。それならそれで。それもまたよし。ただ自分のやることをやっていくだけだから。

・またひとつ年を重ねる。出会えて良かったと思える人たちと。ありがとう。これからもよろしく。

・今日の言葉。

【なぜやめたんですか。ぼくらならどんな意気地ないやつでも のどから血が出るまでは叫ぶんですよ (『セロ弾きのゴーシュ』より)】宮沢賢治

2014.2.3 585 『魂だけを失わないようにして』

02 04, 2014 | 日記2014

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・今日の言葉。

【無限の重なりのなかで、何をやってもいいんだ。魂だけを失わないようにして。】

【おまえの踊りがいま認められなくなって、千年万年経て誰かひとりでもいいから、認めることがあるとすれば、それは成立する。しかし、永久に誰とも関係のない踊りはだめだ。】

大野一雄・稽古の言葉bot より。

2014.2.2 584 『ぼくはああいう笑い方に憧れるのです』

02 03, 2014 | 日記2014

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・一日は岩手県北上のNicottoにて今年のライブ初め(そうか、ライブ初めだったのか、、、)だった。佐々木龍大バンドと。

 自分の曲などなく、ライブすらやったこともなく、それでも何となく音楽をやっている気持ちで(音楽をやるというのはどういうことなんだろう? とか考えながら)もんもんとしていた頃。当時勤めていた店のオーナーに彼の弟の佐々木龍大さんを紹介してもらって、彼らのバンド「龍伝」のライブを初めて聴いてから七年くらいはたつのだろうか。そのときの自分は、「佐々木龍大」と「松沢春伸」という文字が並んで記される日がくるとは思っていなかっただろう。


・過去の。その時の自分よ。来るんだよ、こういう日が。だから安心して不安の中を進みなさい。ひとりでも。進みなさい。

・今の自分よ。これからも。歩きなさい。前へ。前へ。暗がりの中で前など見えなくとも。それでも足を出しなさい。

・いい夜でした。素敵な場所、素敵な人たち。佐々木龍大バンドにギターで参加していた、ガンボチローズの荒屋さんのガハハ笑いがまだ頭に残っている。ぼくはああいう笑い方に憧れるのです。救われる気がする。

2014.2.1 583 『関係ない』

02 02, 2014 | 日記2014

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・今日の付箋

【ところで表現にとって、観客、読者、受け手というのはどういう存在か。最近、ぼくが思っているのは、「関係ない」。磯崎憲一郎とはわりとちょくちょくメールでやりとりしているんだけど、そういうときに、やっぱり「あ、これが書けたな」って思う瞬間は何ものにも代えがたいってはなしになる。】保坂和志 「考える練習」p243

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松沢春伸の日記

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