2013.10.31 491 『今日、生まれて初めてラジオを録音した』

10 31, 2013 | 日記2013

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・今日、生まれて初めてラジオを録音した。一週間前から録音しようと思っていろいろ調べて、昨日電気屋に録音できるラジオを探しにいったりしたけど、すごく高いし、感度も全然ダメで、だから今の環境で録音できるか、必死に調べて、結局、iPhoneのインターネットラジオから音を出力して、パソコンのGarage Bandにケーブルで繋いで入力して録音できるということで(その方法が一番音質よく録音できる)、それで、今日作業現場にパソコンを持ちこんで、ラジオを録音した。

 本当に録音できているかたまに確認しながら。Garage Bandがちゃんと動いていて安心する。仕事どころでない。と書いていて、おいおい大丈夫か? 仕事は? と自分のことながら思ったりするけど、今日一日の仕事より、今日はこのラジオの方がずっと大事だったのだから、別にいい。別にいい? ま、いい。


・そして今、もう一度聴いているところ。もう一度というのは、仕事中も携帯ラジオをイヤフォン(片耳の)で聴いていたから。ゲラゲラ笑いながら。

・Grage Bandで録音したから、編集の方法がある程度わかっているので、ニュースの場面とかをカットして、編集してみる。それで、焼いて、誰かに聞かせよう。と思う

・そんで、今(さっきの「今」とは違う「今」)、楽天が勝って。で、もう一度聴いていた。ランタンの明りの中、マットの上に寝転んでストレッチしながら。そして起きて、この文字を打って、また寝転びながら聴こうとおもう。どうしても笑ってしまう。誰に聴かせよう、、、。まずは、あの人か、、、。

2013.10.30 490 『水の音にかき消されて歌は届かない』

10 30, 2013 | 日記2013

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・空き地だった場所に家が建つらしく、その境になっているブロック塀の空き地側に生い茂る赤らみはじめたツタの蔓を引き剝がす作業だった。ようやく灰色が多くなったブロック塀を、蛙がブロックの凹凸を指の先で確かめながらゆっくりと登っていく。その身体の色は夏の時期の鮮やかな緑色ではもはやなくて、茶色と黒の混じった土色で、そしてとてものろい。冬眠の準備をしていたところをむりやり起こされたのだろう。悪いことをしたなあ。

・街路樹の桜の葉も、紅葉して、落ちはじめているものもある。季節の変化というものをこんな風に植物や動物の色の変化で感じ取るようになったのは、そういう職についているからなのか、あるいは、年を重ねるといういうことの作用、関心がそういうものに向くようになるからなのか、わからない。

・まわる水車。水の音にかき消されて歌は届かない。風に揺れるのは小屋に茂るツタの葉。見たことのない場所。その画面の中にわたしはどこにもいない。

2013.10.29 489 『アンテナになる』

10 29, 2013 | 日記2013

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・振り切る。意図も。意味も。評価も。ただ没頭する。身体の声を聴く。媒介になる。アンテナになる。

・目をつぶり、真っ暗の中、真っ暗の切れ間からのぞく光、の方に。そちらへ。

・「誰かに会いたくなった」というライブの感想をもらったことがある。それをいまだに覚えている。

2013.10.28 488 『あるものはもっと漠然と身体全体で聴く』

10 29, 2013 | 日記2013

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・聴く。という働きの、個別性。音楽を。聴くというときの聴く。

・あるものは言葉を聴き、あるものは演奏者の意図を聴き、あるものはもっと漠然と身体全体で聴く。

・身体全体で聴く。そこで聴かれたものは、上手く言葉にならない。らしい。そういっていた。言葉に変換するのが上手な人たちは、言葉にするたびに、砂が指からこぼれ落ちていくように、何かを落とす。あの女性が「あのね、なんかね、こうね」と興奮しながら身振り手振りをまじえて、ぼくに伝えようとしてくれたその何か。その女性の聴き方。

・歓べ。ほら、また鐘は踊る。

2013.10.27 487 『「君は媚びていない」というあの言葉』

10 27, 2013 | 日記2013

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・サテンドール2000の夜の感触を、おそらくしばらく引きずるだろう。いい意味で。あの場所にあった音。言葉。表情。

・「不安」と書いたのは、それで食べれるか? なんていう小さい問題の不安では決してない。音楽とは一体なんなのだろう? という問いや、自分が聴いて感動してきた音楽や、過去の自分自身を裏切るような軽くて、誰かに媚びるような音楽を今の自分がしていないか? という問いの前では「それで食えるか? 金を稼げるか?」などという問いは問題にならない。そんな食えるか? 食えないか? なんて問題の前で、いちいち、音楽をやっている人間が足踏みしているわけではない(少なくともぼくが出会った先人たちは)。そんなことで、ああだこうだ不安がっている人間の音楽にそもそも興味がない。そんな金に縛られた音楽で誰の心が動かせるだろう?

・「君は媚びていない」というあの言葉。それだけで十分だ。

・そろそろ単純に「音で食う」。という場所にいこうと思う。いこうとおもうといって、実際にいけるものか? なんて問いなど大した問題じゃない。そんなもの問いですらない。やるといったら、やる。そちらにシフトしていこう。もちろん、それで強度を落としていたらなんの意味もない。強度はむしろ高める。もちろん、媚びない。それは大前提だ。当たり前だ。そんなこと。

2013.10.26 486 『仙台サテンドール2000の夜』

10 27, 2013 | 日記2013

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・仙台サテンドール2000の夜。本当にいい夜だった。Bad Loserzの皆さんも、サテンドールの皆さんもかっこいい。

・まだまだ先へ。歩きましょう。歩けるはずです。

・自分は先へ進めているのか。そんな不安の中にいるときに、ライブをみてくれた人たちのありがたい言葉。これでまた前に進める。不安は晴れることはなく、不安のままかもしれないけど、不安の中で歩いていく、ということをあたりまえのこととして、笑って歩いてゆける、そういうふてぶてしさを身につけつつある。

・いや、いい夜だった。

・前回のVorz Barライブの帰りはいつものように朝まで呑んで、朝一の電車で。けど仙山線で寝てしまって、気がついたら愛子駅で、人がいなくて、なんのことかわからんくて、「山形は?」と駅員に聞いたら「これは回送です」と。多分、山形から戻ってきたのではなくて、初めから愛子どまりのに乗ってしまったのだろうと。

 「山形行きは向こうのホームです」と駅員が言うからいってまってたら、さっきまでいたホームに電車がきて「山形行き」と書いてあって、置いていかれるし、また一時間待って。仙台〜山形は遠いのだ。とても。

 今回は仙山線を無事に、ギリギリ目が覚めて山形駅で降りて、仙台に戻らずにすんだけど、もうひとつのほうの電車を乗り過ごしてしまって、周りは田んぼだらけの田舎の無人駅でひとりぶつくさいっていた。寒いし。家というのは遠いものだ。本当に。

2013.10.25 485 『さあ、踊りましょうか。時間ですよ』

10 25, 2013 | 日記2013

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・皮膚に刻まれて、指に刻まれている、動き。「動け」などとおもわずとも、それらは既に踊っている。

・指を信じる。喉を、声を、身体を信じる。

・さあ、踊りましょうか。時間ですよ。

2013.10.24 484 『今までにない「動き」を、どう身体に刻むか』

10 25, 2013 | 日記2013

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・先日のVorz Barでのライブで、どの曲をどういう風にやったのか。という記憶があいまい。感触の残る箇所もあるけれど、ほとんどが、本当にその場のためだけに生まれてきたようなもので、それらは、持ち帰ることが出来ない。感触、何となくの感覚だけは残る。未だ見ぬ扉を蹴破り開いた、という感触はある。

・でも。覚えていない、というのは、結局、表面的(?)な問題で、身体のほうにはしっかりと刻まれている。そして、ぼくはそっち(身体)を信頼している。「そこで起こった何かは身体にしっかり刻まれているはずだ」と思える。成長というのは、今までにない「動き」を、どう身体に刻むか、ということでもあるのかもしれない。

・と、書いて、このあいだ「記憶というのは脳だけで行っているのではない」という言葉を聞いたのを思い出した。うえに書いたようなことを経験している人間として、別に驚くことでもなく、やっぱりそうか、という感じ。

2013.10.23 483 『この身体を通すことによって、生じてしまう「ズレ」。の方』

10 23, 2013 | 日記2013

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・Amazonに注文していたレナード・コーエン「オールド・アイディア」が届いたので聴いている。

・仕事中。イヤフォンでニーナ・シモンを聴く。この人の場合、曲が自作であろうが、他作であろうが、ニーナ・シモンという身体を通して発せられた音楽です、ということがぼくにとってなにより大事。

・オリジナリティというのは、作品という「形をとったもの」にあるのではなくて、思想、考え、という場所にあるのでもなく、それを通す身体のほうにあって、身体そのものが、、、、、、

・例えば、足の悪い男の、歩く時に地面と足先が擦れる音。

・他人と同じことをしたくない、という思いのもと生まれるもの、で、なく、他人と全く同じことをしているにも関わらず、この身体を通すことによって、生じてしまう「ズレ」。の方。

2013.10.22 482 『笑え。踊れ。ほら、もっと。もっと。もっと!!』

10 23, 2013 | 日記2013

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・やはり音楽は、偉大だ。

・科学でいくら人間の組織が解明されようが、それを解明しようとする人間にも、人間という「つくり」が計り知れないものであるように。心というものが、いくら分析されようが、そこではたらく、うごめく、「何か」は、いつもそこを越えていって、はかることが可能のように見えて、はかれない。音楽も。表現も。

・いくらでも分析すればいい。けれど、やはり、分析したいと願う気持ちは、その「何か」に対する、結局は敬意なのだとおもう。

・それは消えない。それは終わらない。

・馬鹿でいよう、アホでいよう。表現する側の人間はそれを嬉々として、もっと、もっと、それを越えて、ずっと馬鹿で、アホでいるしかない。そう、嬉々として。

・笑え。踊れ。ほら、もっと。もっと。もっと!!

『知ってたまるか』

10 21, 2013 | Liveのお知らせ

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10/25(金) Bad Loserz LIVE at仙台サテンドール2000

open:19:00
start:19:30

入場料:¥2,500+1ドリンク¥500

仙台サテンドール2000

で、うたいます。
どうなるかは、もちろん知りません。
知ってたまるか。

2013.10.21 481 『越えてゆけ。越えてゆけ。越えてゆけ』

10 21, 2013 | 日記2013

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・ライブ後に。ライブ前の自分を越えた自分がそこにいる。ように、と。挑む。

・ひとつの曲を書き終わった後に。その曲を書く前の自分より成長した自分がそこにいる。ように、と。挑む。

・「思い通りにいった」などという場所にいたら、出会えない自分がそこにいる。

・だから。「お前は誰だ?」という驚き。はつきまとう。自分へ向けて。

・越えてゆけ。越えてゆけ。越えてゆけ。

2013.10.20 480 『確かに触れていたあの感触を忘れぬよう』

10 20, 2013 | 日記2013

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・昨夜はVorz Barでのライブ。

・何かを掴みつつある。という確かな実感。それが手を伸ばしても届かないものだとしても。

・成長。これはきっと成長だ。

・ライブ中に確かに触れていたあの感触を忘れぬよう。

2013.10.19 479 『詞(ことば)は詩であり 動作は舞踊 音は天楽 四方はかがやく風景画』

10 20, 2013 | 日記2013

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・聴くように読む。

・読むように聴く。

・書くようにうたう。

・叩く手を繰り出す。扉を開く。みたことのない。

・引用。

【詞(ことば)は詩であり 動作は舞踊 音は天楽 四方はかがやく風景画 
 われらに理解ある観衆があり われらにひとりの恋人がある
 巨きな人生劇場は時間の軸を移動して不滅の四次の芸術をなす
 おお朋だちよ 君は行くべく やがてはすべて行くだろう】

 宮沢賢治『万華鏡』 農民芸術論概要p174より。

2013.10.18 478 『ドウダンツツジの葉先がようやく』

10 19, 2013 | 日記2013

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・ニッコウヒバの黄緑色の葉が風に揺れる。ムラサキシキブ、ウメモドキの実が鮮やかに染まる。紫と赤。ドウダンツツジの葉先がようやく赤らみはじめている。

・最低気温の低下のせいか。ようやく蚊に刺されることがなくなった。

・ほんの少し、満たない月。薄い雲の群れが月に重なる。それでもはっきりわかる月明かり。隠せやしない。田んぼ道に車を停めて、しばらく眺める。台風が大気中のチリを掃いたせいか、空が遠くまでよく見える。

・初めていく公園。の駐車場で。この月を目の前にギターを弾く。という時間。ただそれだけだが、なんと贅沢だろう。

2013.10.17 477 『blonde on blonde』

10 17, 2013 | 日記2013

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・「思い通りにいった」ことがなんで、一番失敗かといえば、結局そこにいても進まないから。単純。思い通りにいく、ということは、今の自分の尺度でしか自分を測っていないからで、そこで「よし」といっていても進まない。というだけ。思い通りにいく、ということ自体が失敗、というより、思い通りにいくことを「いいこと」と思っている、ということがぼくはつまらない。

・今日はディランの「blonde on blonde」。久しぶりに。

・まえにも書いたけど、ディランのうたううたが好きだ。歌詞がいいとか、そんなのよくわからない。そうじゃなくて、彼のうたううたが単純に好き。タージでディランを聴くと、どれだけ酔っていても、もっていかれてしまう。そういうのってなかなかない。なんで? とおもうけど、わからない。わからない、から、「好き」というしかない。

・眠い。寒い。眠い。

「思い通りにいった」ということが一番の失敗じゃないか、とすら思う

10 17, 2013 | Liveのお知らせ

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10/19(土) VORZ BAR
open19:00  start:21:00  admission:1,000yen + Drink Order

VORZ BAR

思い通りにいかなかったことを「失敗」と呼ぶ人がいるけど、ぼくは「思い通り」にというときの「思い」というのを、そもそも設定しないし、もっといえば、「思い通りにいった」ということが一番の失敗じゃないか、とすら思う。

ということで、ライブ。

2013.10.16 476 『僕は繋がっていないと思う』

10 17, 2013 | 日記2013

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・引用。

【マウスや電気のペンで描くほうが未来に繋がると思う人たちもいると思うけど、僕は繋がっていないと思う。】 宮崎駿

・自宅駐車場で車を降りずにずっとギターを弾いてみる。なにやらいろいろやってきて、曲作りはすすみそう。普段なら、ほんの少しずつしかすすまず、やきもきするのに、たまにグンとすすんだり。なんなんだ、一体。ま、そういうものか。

・最近おもうのは、作品(楽曲)としてオリジナリティーに溢れている、ということよりも、とにかく「それらがこの身体を通して発せられる」ことのほうが重要なのでないか。そんな風におもう。

2013.10.15 475 『「バイオリンです。バイオリンを弾いているんです」』

10 16, 2013 | 日記2013

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・台風です。台風がきます。雨の中を男が走っていきます。男のシャツは濡れて色が濃くなります。猫は車の下で雨を逃れています。こちらをじっと猫がみます。ので、わたしもみます。

・寅さんとリリーが出会う。二度目の「寅次郎 忘れな草」。をみる。リリーのような、女。のうた。それで、「lily」を書いた。「いつか、どこかでまた会えたなら」。


・赤らみもせず。
 夜はちかづいて。 
 
 ぽたぽたともいわず。
 雨はやってきて。
 
 「バイオリンです。バイオリンを弾いているんです」。
 とベレー帽をかぶった男の子。
 
 あるひとつの夕方。
 たくさんのうちのひとつの。

2013.10.14 474 『よし、今日もいつもどおり、先が見えないなあ』

10 14, 2013 | 日記2013

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・五年ぶりくらいか。Anthony David「3chords & the truth」。をかけてみる。これをかけると、当時住んでいた家のことを思い出す。テレビはなく、音楽ばかり流して。そのころに買って聞いていた音。結局半年ほどで引っ越してしまったけど。他にもいろいろ聞いていたはずなのに、この音が一番その部屋の記憶と繋がっている。きっと、何かあったのだ。特別なことが。多分。

・短距離走で。人にロープをつけて、無理矢理引っ張る。という方法がある、というのをどこかでみた。自分の力だけでは出せない速度を身体に刻む、んだそうで、一度その速度を経験することで、身体がその感覚を覚える。というトレーニングだった気がする。無理矢理引き出してやれ、ということだ。

・なんで、こんなことを思い出したかというと、音楽でもそういうことがある、ということ実感しているから。たまにドラムと一緒にライブするようになって、感じるのは、お互いがお互いの演奏に触発されて、今までの自分では「わからない」ものがでてくる、という経験をしていて、それを無理矢理「身体に刻む」ことで、感覚がそこにチューニングされるというか、土台のレベルが上がったように思う。だから、つられてひとりでの演奏の底が上がった。という気がする。気のせいだとしても、べつにいいが、あの感覚が身体に刻まれているから、演奏中に先が見えなくても、多少のことなら、こわくない。「よし、今日もいつもどおり、先が見えないなあ、よし、やったるで」とおもえる。これは成長なのだ。きっと。

2013.10.13 473 『遠くで鷺(さぎ)が啼いてゐる』

10 14, 2013 | 日記2013

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・渥美清が出演、山田洋次が監督している、テレビドラマとして放送された番組のDVDを借りてきた。タイトルは違うものの、内容は落語の「らくだ」だったから。まだみてはいないが。

・付箋。

【……遠くで鷺(さぎ)が啼いてゐる 夜どほし赤い眼を燃して つめたい沼に立ってゐるのか……】 宮沢賢治「万華鏡」p249 業の花びらの一文。

2013.10.12 472 『静かに』

10 13, 2013 | 日記2013

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・静かに。
 待つ。
 夜の切れ間から。
 ほそやかに落ちてくるもの。
 こぼれぬように。
 掴む。

・うたにすらならない。
 切れ切れの、、、

・半分の月。
 の下のヒマラヤ杉。
 の下のベンチ。
 の隙間からこぼれる月明かり。
 揺れる。

2013.10.11 471 『誰かが鳴らした鐘の音は』

10 12, 2013 | 日記2013

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・朝。太陽と空一面の鱗雲。夕方。月はすでに南中をむかえる。夜。雨の音に混じって蛙がひと声鳴いた。

・誰かが鳴らした鐘の音は 
 いつか辿りつくだろう 
 名も知らぬ友の夜に

・そしてまた鐘は鳴らされる。
 別の誰かによって。
 聴いたものが鳴らす。
 聴いたものは鳴らさなければならない。
 何故? 「聴いた」から。

2013.10.10 470 『2013.10.6 仙台 丸善 夢人でのライブの日に』

10 10, 2013 | 日記2013

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・買った本に日を付ける。いつ、どこで買ったのか。を。ここ数年。本の最後の余白に。読んだか読まないか、は別。例えば、「2013.10.6 仙台 丸善 夢人でのライブの日に。」というように。

・今日はトム・ウェイツ「オーファンズ」の三枚目を聴きながら。

・ジョン・ケージの言葉。今読んでいる本からの孫引き。昨日付箋をうった場所。

【私は数年前、ハーバード大学の無響室に入って、ひとつは高い、もうひとつは低い、ふたつの音を聴いた。そのことを担当のエンジニアに言うと、高い音は私の神経系統が働いている音で、低いほうは血液が循環している音だと教えてくれた。私が死ぬまで音は鳴っている。そして、死んでからも鳴り続けるだろう。音楽の未来に関して恐れる必要はない。】

2013.10.9 469 『毎度この人の言葉には揺り動かされる』

10 09, 2013 | 日記2013

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・日曜日の「夢人」でのライブで、どの曲をどうやったか? の記憶が曖昧。酒を多く呑んでライブを始めたわけではない。のに。「確実にこれは歌った」という数曲はあるのだけど、あの曲やったっけ? というように抜けてる。一曲、歌おうと思っていた曲があるのだけど、それは一度もライブでやったことのない曲で、その曲を演奏したのか、演奏してないのか、わからない。演奏した気もするし、錯覚かもしれない。こんなふうに書くと「え、大丈夫?」とかいわれそうだけど、「今」という時間に集中して、入り込んで、「くり出してゆく」という演奏をする、というのはそういうことだと思う。

・その日は酔ったから、今になって思い出せない。というのでなく、ライブ直後からわからなくなっている。こういう時がたまにある。集中がひどいとき。

・ギターとの距離が何年か前にくらべたら遥かに近くなった。「こう弾く」などという意識をしなくとも、指が踊る。それにつられて、うたが踊る。ギターがだんだん身体の一部になってきつつある。一部でありながら、身体を離れて、どこか別の場所からの啓示のように降ってきたりもする。だからおもしろい。誰が? って、自分が一番おもしろがっている。

・ライブの日に、丸善書店で二冊買った本の一冊を読んでいる。毎度この人の言葉には揺り動かされる。

2013.10.8 468 『その言葉の力で、これでぼくはもうしばらくやっていける』

10 09, 2013 | 日記2013

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・あまりに「教祖みたい」。といわれるし、後ろのバサバサ感が大変で、少し髪を切った。美容室というのが緊張して苦手なので、同級生のおかんがやってる床屋。いつもそこ。いつも笑わせてくれる。おもろいおばちゃん。「二センチぐらい切った」というから「もう少しきってけろは〜」といった。おばちゃんは話がのってくると、同時にハサミの勢いも増してくるので、「もう少し」どころか「えっ? なに? ちょっとまって、、、そんなに!?」とこちらが思ったとしても、そんなのは関係ない。勢いは増しているのだからとまらない。で、ちょっと、切り過ぎた。娘さんの話、山登りの話、落語の話、いろいろ。そりゃ、切るよ。ま、いいです。おもしろいから。

・今日すごくいい言葉をもらった。ライブに関して。その言葉の力で、これでぼくはもうしばらくやっていける。素晴らしい。といっても、褒められるとかいうよりも、ゲラゲラ笑ってしまうようなもので、そこが素晴らしい。

・ライブで、自分自身の手応えというのはあったとしても、それが人にどう映っているものか、はわからない。いくらお客をよろこばせるためだけにやっているわけじゃない、といっても、どうでもいいわけではない。遠くに届けたい、といっても、目の前の人に届かないものをどう遠くへ届けるというのか? ということはある。その場に居合わせてくれた人が感じたことを「うまい言葉」じゃなしに、感覚的な言葉で伝えてもらう、ということは貴重で、重要で、そういう言葉をこそぼくは聞きたかったりする。

2013.10.7 467 『「複合的に場当たり」する。してみたい』

10 07, 2013 | 日記2013

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・「これをつづけてみたらどこにいくのだろう?」と思いながらつづけてみても結局何もない、ということはある。文章であれば破棄すればいいのだろうけど、ライブの場面で、それが「なんか違うな」とおもっても、それまでの時間を破棄できるわけではない。その日起こったことは、その日起こったこととして刻まれる。どうすればいいかといえば、また次も挑んでみる、という単純なことでしかない。

・場当たりというが、本当の意味で場当たりでやることというのは大変で、それが人前でなにかをやるということになればなおさらで、勇気もいるし、逆に「反応」に対して凄まじく無頓着か、、、。用意している。というのは、安心感をうむし、やりやすい、反面、規制がかかって、その場でうまれてくる何かに反応できなくなったり、その何かを「邪魔」なものだと排除してしまったりもする。本当はその何かに耳を澄まして、反応してみる、ということが、ワクワクすることなのに。

・曲という枠組みの中での即興的な場当たり。と、曲順とか、流れをその場で決めていくというときの場当たり。と、そもそも曲すらもその場所でつくってしまうという場当たりと。いろいろあるな。

・曲という枠があってその中で即興的に、というのはジャズのバップに近いのだろう。上に書いたことを「複合的に場当たり」する。してみたい。

・今更書くことでもないけど、一語一句、一音一音、事前に用意されているものを、そこからはみ出すことなく「なぞる」作業に全然興味はない。

2013.10.6 466 『暗闇に足音ひとつ。踊るようなその音につられて。また誰かが踊る』

10 06, 2013 | 日記2013

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・今宵ライブ。どうなることやら。雨の中ばしゃばしゃ踊るこどものようにうたおう。

・暗闇に足音ひとつ。踊るようなその音につられて。また誰かが踊る。

・今日の付箋。

・【映画評論家なんてね、ずっと映画観てるわけでしょ? 絶対頭おかしいと思うんですよ。映画をそんなにいっぱい観られるはずがない! まともな感受性だったら。絵だってね、いい絵だなって、次から次へ一日何枚も観れるかって、観られっこないってこと。】 宮崎駿

・ははは。そのとおり。音楽もその強度でやりたい。聴くのだって本当は疲れるのだから。

2013.10.5 465 『そのつど、そのつど対応を迫られる』

10 05, 2013 | 日記2013

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・本当に。鼻づまり。がひどい。毎年のことだろうか? そういうのに疎い。去年もそうで、その前の年もそうだった、というような記憶の仕方ができない人間なので、そのつど、そのつど対応を迫られる。まるで初めてのことのように。

・鼻づまり。集中できない。歌えない。本当に困る。急に寒くなった気候だ。原因は。きっと。携帯で調べると、解消の方法はいくつかあるようで、結局、血流を良くするのが前提というか、行き着く結論のよう。とはいっても、対処の方法であって、根本を変える(アレルギー体質を変える)方法ではない。

・鼻腔を広げるテープも試してみたけど、いまいち。貼った効果がいまいちなのはしょうがない。けど、はがした後に何日もそのテープの余韻が残って、その感覚がいまだにある。これは最悪。もう二度とつけない。大嫌い。

・今日の付箋。引用。

【私は批評家ではありません。そして決して(どんなことがあろうと絶対に!)批評家でありたくないのです。私は芸術作品を、それが私に与えてくれる幸福によって測ります。】 リルケbotより。

・昨日引用した宮沢賢治の言葉を反芻。自分の口で何度も言葉にしてみると、ぐっとくる。気合いがはいる。

2013.10.4 464 『名前も、絵も何も残っていないけれど』

10 05, 2013 | 日記2013

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・写真という技術のまだ無かった時代。偉い人の生の形の保存として絵があって。職人的に絵を描いていた人がいて。それは、要するに技術で。「絵を描く」ということが、そういうこと、という時代で。けど、どこかには、きっと、「そんなことのなにがおもしろいわけ?」とかいいながら、そんなのと全然関係のない絵をかいていた奴がいたのだろうな。名前も、絵も何も残っていないけれど、きっといたのだろう。と想像して笑ってしまう。

・今日の引用。

【宇宙は絶えずわれらによって変化する 誰が誰よりどうだとか 誰の仕事がどうしたとか そんなことを言つてゐるひまがあるか(『生徒諸君に寄せる』より)】 宮沢賢治名言bot より。

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