スポンサーサイト

-- --, -- | スポンサー広告

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

vol.1 『とにかく』

07 28, 2009 | 戯れ言2009 

0
『とにかく』

―――とにかく、前に進み続けるしかない
蜃気楼しか見えなくとも

―――とにかく、前に進み続けるしかない
それが蜃気楼だとわかっていても

―――とにかく、前に進み続けるしかない
蜃気楼が消えてしまおうと

―――とにかく、前に進み続けるしかない
少なくとも以前よりはずっと遠くにいるはずだ

2007.11.9 早朝
スポンサーサイト

どうでもいいこと・2 『バスのトイレのこと。』

07 21, 2009 | 戯れ言2009 

2
『バスのトイレのこと。』

世の中には自分の力ではどうしようも無いことがたくさんある。

時間の流れは止まらないし、夏のビールはおいしすぎて制御がきかないし、近所の焼き鳥屋のレバーはもの凄くおいしいけれどいざ買いに行くとだいたい売り切れてしまっているし、とか、まあそんなことだ。

―――そして肝心の、バスのトイレのこと。
一時間以上もかけて移動するバスにトイレが付いてないというのは本当にどういうこと? と思う。乗る度に。もう、緊張してダメになる。もともとおなかが弱いほうだし、酒を飲んだくれた次の日なんか、そりゃもう凄い。

一度、高速バスに乗って、自分では「二時間」と見積もっていたところを運転手が「三時間」と言っちゃったもんだから、その瞬間にもうダメだと思って高速道路に乗る手前ギリギリで運転手に「すいません、降ります」と言って降りて、駅まで歩いて戻って新幹線で帰ってきたこともある。無駄の極みだ、そんなもん。

途中でサービスエリアとか寄るじゃん、とか言う人もいそうな気がするけれど、そんなの、いつキュるキュると始まるかわかんないじゃないですか。

僕の力ではどうしようもないことかもしれないけれど、これは本当にどうにかしてほしいとおもう。コストとかほかにもいろんな理由があるとは思うけれど、どうかお願いしたい。僕の他にも、切に願っている人が日本中に四人くらいはいるはずだ。そう「キュるキュる族」が………。

もし、この瞬間に一度だけ魔法が使えたとしたら、僕は何よりも先に「全てのバスにトイレをつけてくれ給え!!」 と言うと思う。
僕と日本のどこかに暮らす四人のために………。

2009.7.20

どうでもいいこと・1 『 とらじろう、のこと。』

07 21, 2009 | 戯れ言2009 

0
『とらじろう、のこと。』

こんなことをいきなり書くのもどうかと思うが、僕は「車 寅次郎」が大好きだ。
「先生」と呼んでもいいくらいに、だ。

あんなにも、馬鹿で。
あんなにも、駄目で。
あんなにも、女に弱くて。
あんなにも、優しくて。
あんなにも、独りぼっちで。
あんなにも、愛されるべき人はいないだろうと思う。

(箇条書きでは書ききれないほどにもっとたくさんある)

どれか一つ当てはまる人間はたくさんいるだろうけれど、これだけたくさんの要素を、というかその極みを一人の人間が持っているということは本当にすごい。

僕は「人」好きではあると思うけれど、手放しで「最高だ」と呼べる人間をまだそれほど知らない。でも寅さんを見ると無条件で「いいなあ」と思ってしまう。なんというか赤ちゃんを見つめる「たらーん」としたお父さんの笑顔のようになってしまう。

こないだスーパーの野菜売り場で野球のユニフォームを着た少年の背中に「虎次郎」と書いてあったのを見て、その日はそれだけでいい1日だったような気がする。けれど、よくよく考えれば「寅」ではなくてハイカラなほうの「虎」なのだから、彼は「こじろう」なのかも知れないと思って、そう思ったその瞬間はちょっと揺らいでしまった。

その時、その少年に「君はとらじろうかい?」
と聞いとけば良かったと今では思っている。

………ということで「男はつらいよ」の宣伝でした。

2009.7.20

音楽を巡る冒険・2 D'angeloのこと。

07 21, 2009 | 戯れ言2009 

0
音楽を巡る冒険・2 「D'angeloのこと。」


ディアンジェロの音楽について感じること、語りたいことはたくさんあるけれど、ほんの少し書くことにする。

『D'angelo。深く遠い共感覚、それはもはや霊的でさえあるような―――』

彼の音楽、特に2ndアルバムの「VOODOO」を聴くと「言語以前」に引き戻されるような感覚になる。人間の最大のコミュニケーションツールは現在「言葉」だけれど、言葉が生まれる以前にも音楽、リズムは存在していたはずだ。(とはいっても「音楽」も「リズム」も言葉なのだから、そう形容される前の「何か」ということになるけれど)だから音楽は凄い(なんて思う)。

現在の人間が用いる「言葉」というツールよりずっと先に存在していたはずの、言語を超えたもっと原始的なコミュニケーション。
そこには、もちろん、いろんな意味での「壁」なんてもんはない。

自分とは全く関係ない言語で歌われた歌や、言語を介さない音楽(例えば、コルトレーンのサックスだったり―――僕の知ってる人が彼の音楽で泣いていたのを思い出したから)で泣けたりするというのは、僕らの中に残された感覚(言語以前)の共鳴なのだろうか? ディアンジェロの音楽には歌詞(言葉)もあるけれど、そういうものをたやすく超えているとでも言えばいいのか? よく分からん。

自分にとって本当に重要なものは、大体初めはわけがわからなくて、受け入れがたいものだけれど、それはその対象(作品だったり、人物だったり)が、今の自分の先に位置しているからで、僕も最初のうちはディアンジェロを全く聴けなかった。そして、今だに聴くと疲れる。それだけ、「聴く」ということにパワーを使う。(実はこれはものすごく重要なことだと思う。けれどまた別のところで書きたい)

自覚しているかどうかは別として、彼はものすごい深みに足を踏み入れてしまっていて、それをどう彼自身が乗り越えていくのか注目したいと思うけれど、彼がそれを自覚していないとすれば、この先、自分自身の作品を超えていくのは難しいような気がする。というか、それほどに、他の誰にも到達できない地点に彼は降り立ってしまったのだから。

2009.7.20

音楽を巡る冒険・1

07 21, 2009 | 戯れ言2009 

0
音楽を巡る冒険・1 『根本へ』


考えるということを進めていこうとするとき、僕はその方向が具体化というか形象化というか、そういうものに向かうことがまずない。どうしても根本へ、根本へと向かう。

具体化、形象化することが得意な人間がいるけれど、そういったタイプの人間はおそらく思考の方向が僕とは違う方向(木で例えるならば、僕は根っこに向かっていくようなもので、彼らは枝へと、葉へと向かって進む、とでも言えばいいのか。多分的外れな例えだろう)に向かっているのだろうと思う。

問いが根本へ向かっていくのだから、その問いの「答え」のようなものに辿り着きにくい。というか、そういう「答え」のようなものに着陸することを拒むように進んでいく。それがいいことなのか、悪いことなのか、僕にはわからないけれど、とにかく僕はそういう性質とか癖(へき)を持っているらしく、考えていることが簡単に行動に結びつきずらい。

音楽について考えようとするとき、実際に「創る」という行動に向かうより「音楽とは何だろう?」ということに向かって考えを巡らせていくのが僕の持つ性質で、そういった問いと正面きって向き合っていかなければ何かを表現し続けていくことは難しい。もちろん、そんなこと抜きにして音楽をやっていくこともできるのだろうけれど、僕はそういう進み方しかできない。

根っこを見つめようとすること。簡単に答えのようなものを得られないとしても、「答えが出ない」ということを抱き続けながら、耐えながら進んでいくことが出来れば、結果的に、僕はその途中で何かを表現することになるのだろうと思う。

※ここからはほとんどメモのような文章

根本にある問い、というより、問いを根本に向かわせていくこと。答えが出ないという事を受け入れながら、考えを進めていくことで、その途中で言語化、もしくは形象化されたものがその人の「表現」となる。それらの表現は、ひとつひとつが問いに対する答えと呼べるものではないだろうけれど、言語化され答えに向かっていこうとするプロセス全体をひっくるめて、やっと、ぼんやりと「何か」が見えてくる。その流れ全体が問いに対する答えらしきものになる。

そう考えると、芸術は芸術家のひとつひとつの作品の善し悪しで判断されるべきではないように思うし、もっと全体として、つまり彼らの「生きる」こと全体(運動、流れ、他になんと呼べばいいだろう)をひっくるめて初めて芸術だということになるのではないだろうか?

それはつまり、最終的には「自分自身が芸術となる」ということだろうか。


2007.1.27
2009.7.20


「LIVEについて」

07 06, 2009 | 戯れ言2009 

1
「LIVEについて」

ライブの告知のついでに。

小さい頃から自己紹介すらまともに出来なかった人間が、人の前に出て、しかも歌を歌うなんてこと、「よくやってるな」と自分でも正直思う。苗字が「松――」だから、自分の自己紹介の番になるまで、結構な時間がかかる。「ああ、あいつ受けてんな」とか思うと、ますますドキドキしてきてしょうがない。何度も心の中でリハーサルをしてもダメで……いや、もうとにかく自己紹介とか、そういうもの全般が嫌いでしょうがない。そんな人間が歌うなんて……と思う。

ライブのことを書きたいのに、こんな出だしになってなってしまった。やっぱり出たとこ勝負でキーボードをたたこうとするとこういう結果になるけれど、自分でもよく分からないところに自分自身が運ばれていくような感じがするのは、「出たとこ勝負師」の面白さのような気がする。

ライブとは何か?

と自分自身に問うてみても、まったくもって答えなんて出てこない。そもそも、一度や二度ステージに上がったくらいで、「ライブとは何か?」を分かってしまえるようであれば、もうライブなんてやる必要がない。僕はとても飽きやすい。

自分の持ちうる時間の全てを捧げたとしても、汲み尽くし得ない「何か」をもっている人間は幸せだ、と、そんなことを言った人間がいるのだけれど、僕にとっての音楽とか、ライブもそれにあたるに違いない。あと何年生きることになるか、なんて事は、僕には全く知りえないことだけれど、持ちうる全ての時間を捧げたとしても、音楽とは何か? ライブとは何か? なんて事は見えてきそうにない。だからこそ、僕はその舞台に上がるのだし、音楽とは何ぞや? を考え、悶々とし続ける。

なんだかんだ書いても、一つだけ拠りどころとしている感覚があって、それは、ライブ前の自分よりも、ライブ後の自分のほうが先に、前に進んでいなければならない、ということで、それを実現するためには、そのライブで全てを出し尽くす必要がある。僕に出来ることなんてたかが知れているけれど、それでも、そのたかが知れている事を出し切ること、余すとこなく出し尽くすこと、それ以外に先に進む方法はない、と思うんだけれど……。

こんな僕のような人間にとって、ライブという場所は自分を更新するための場所だ。なんていうとカッコつけかもしれないけれど、本当にそう思っているのだからこうとしか書けない。どこかの小説家が、小説を書くことで先に進もうとするように、どこかの役者がその役を演じきるることで、新しい自分を発見するように。

だから、どんなに周りの人に「いいねえ」なんて言われても、基本的には「自分を更新できたような気がする」か「自分に負けました」かしかない。「発表会」じゃないんだから。

僕は自分自身に対しても、ものすごく飽きてしまう人間だから、おんなじような事をライブでやったりすると自分に飽きる。そういうライブをやった時には自分にとても腹が立つ。だから―――

―――いや、もうやめる。
今日は本当に暑すぎて、本当にビールが美味しすぎて。
こんな状態で書けるものなんてろくな文章じゃないんですから……。

2009.7.6

松沢 春伸、歌います。

07 06, 2009 | Liveのお知らせ

0
松沢春伸歌ってみます。

at Bar Tarji

〒990-0042

 山形市七日町2丁目-7-28
 YT二丁目ビル1F
 TEL 023-623-3944

7/31(金)
阿久のぶひろ LIVE

Bar Tarji 出演 阿久のぶひろ / act 松沢 春伸
Open 19:30 Start 20:00 前売2500円 当日3000円(ドリンク別)

くわしくは
Bar Tarji homepage
http://www17.ocn.ne.jp/~tarji/index.html

阿久のぶひろ
http://www.akunobu.com/

をみてくださいませ。

今回はひとりではなくて何人かでの演奏になりそうです。
宜しくお願いします。

はじめに。「書く」ということ。

07 02, 2009 | 戯れ言2009 

1

僕にとって「書く」ということは、イコール「考える」ということで、それは、考えたことを記す(メモ、清書)という行為ではなくて、「書きながら考える」ということだ。

書くことと、考えること、それが同時に進んでいくのだから、その文章の行き着く場所はどこなのか? どんな文章になるのか? ということが、ほとんど自分でも分からない。書きながら、もしくは書き終わって、やっと「なるほど」とか「自分はこんなことを感じていたのか」と思ったりすることになる。

そうやって書かれた文章のベクトルは外に向かずに、ひたすら僕自身に向いているわけだから、本来ならば人に見せるようなものではなく、ただ静かに自分の中で消化されていく独り言のようなものなのだけれど、そんなんでもいいから見たいという人に向けて書いていこうと思います。

元々はライブの告知のためと思っていたのだけれど、他にも、ほとんどメモのような文章や、エッセイ的なものや、僕のウタのカシを書くことになりそうです。

……あとはどう転がるか僕にも分かりません。なんとなく、blogはじめます、では。

2009.7.1

RSS
プロフィール

harunobiwonder

Author:harunobiwonder
松沢春伸の日記

カテゴリ
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。