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2017.10.10 1321 『何処へ行くのかわからない歌』

10 10, 2017 | 日記2017

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「何処へ行くのかわからない歌」

とはライブ観、ライブは「発表会」ではない、演奏する時間の中で、自分自身の発する音に、自分すらが翻弄され、触発され、その場所に立つ時点での自分には知り得ない場所にまで連れられていく、そのような場。

文章を「書く」という行為、が、事前に組み立てたプロットをなぞるためのものでなく、一行を書き終えた、その文章に導かれて、その場その場で新しく紡がれる、自分自身が更新されてしまう、そのような場。

ライブという場所で表現している人間に対して使われる「場数」という言葉は、大抵の場合、「客との距離」をどれだけ「上手」に築くことが出来るようになるか、の経過にしか焦点が当てられないが「場数」は、自分自身すら「何処へ行くのかわからない歌」を、どれだけその身体に刻むか、その更新の場。あるいは、それを一切成し得ない場。
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2017.10.10 1320 『10月8日 メモ書き』

10 10, 2017 | 日記2017

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10月8日、
初めての高畠ワイナリー
初めての優河さんの歌

声 ギター 白ワイン
にとける人柄
何処へいくのかわからない歌
ではない

そこにいるものを掴み揺する声
声は原初

14時47分発の電車
扉の窓に流れる世界
二人の少年の野球練習
親子三人の転がる自転車
色づく木々に
稲刈り終えた田に
山の斜面のブドウ畑に
川面への
秋の光り

それらは
ドゥルーズ
リゾーム
コネクトされ
すぐに離れて別のものへ

猫のような眼差し
幹を持たない眼差し
従属しない次から次へと運ばれる

歓ぶ目
世界は美しい

2017.9.4 1319 『知る由ないひとつの』

09 04, 2017 | 日記2017

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わたしはひとつの灯り
わたしはひとつの歌
わたしはひとつの橋

(誰の足元照らすのか)
(誰の夜を祈るのか)
(誰が渡り歩くのか)
(知る由ないひとつの)

2017.3.11 1318 『「ぼく」から「ぼくら」へと』

03 11, 2017 | 日記2017

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・3月11日。山形出身の絵本作家、荒井良二がNHKラジオのインタビューで、震災以降の東北での活動を経て、自分に起きた変化を問われて、「特にはないですけれど、でも、『ぼく』から『ぼくら』へと人称が変わった」と答えていて、それがよくわかった。

2017.3.10 1317 『三月も十日、雪が降る』

03 10, 2017 | 日記2017

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・イタリアの映画「人生、ここにあり!」を。途中の彼、は、「ふっ」と降りてしまったが、それでも、そこで、そこにきて「本当」を生きたのか。

・三月も十日、雪が降る。雪の止む少しの合間、ふと光が射すと、南に向けて停めた車の中は暑くなって、パーカーを脱いでギターを続ける。弦を擦る指の腹は青緑。誰に聞かれることもなく、ただこの場所、この瞬間に響く音。書かれては、線を引かれる言葉たち。ウェブ上に公開されるようなものではなく、一年が終われば本棚の隅にそっとしまわれる日記のように歌を紡いでいけたら。

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松沢春伸の日記

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